「哲学入門」についての一考察

ヤスパース著
「哲学入門」についての一考察

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SHORT CUT：
各章の要約第一講「哲学とは何ぞや」／第二講「哲学の根源」／第三講「包括者」／第四講「神の思想」／第五講「無制約的な要求」／第六講「人間」／第七講「世界」／第八講「信仰と啓蒙」／第九講「人類の歴史」／第十講「哲学する人間の独立性」／第十一講「哲学的な生活態度」／第十二講「哲学の歴史」／著者ヤスパースは何を言おうとしたのか？／私の見解

各章の要約

第一講「哲学とは何ぞや」

　哲学に関しては見解が一致しない。科学が自己の領域において、いなみがたく確実で、一般的に承認される色々な知識を獲得しているのに反して、哲学には決定的に認識されたものの一致性というものがけっして存在しない。また、哲学的思惟には、科学のように、進歩発達の過程という性格がない。
　科学と異なって、哲学の形態をとるかぎり、どんなものにも万人の一致した承認というものが欠けているのである。そして、この事実は哲学という事柄の本性のうちに存しなければならないことなのである。
　哲学において獲得される確実性は、それが成功した場合に人間の全本質が参加してともに語り合うことができるといったような確認 (Vergewisserung) なのである。
　哲学においては、人間としての人間に関わる存在全体や、どの科学的認識よりも深く人の心を捉えるところの真理が重要な問題となるのである。そして、哲学はあらゆる科学に先立って、人間が目覚める場合に現れるのである。
　この「科学と関連のない哲学」がもっている特徴的な現象について述べれば、第一に人間の存在は、存在と自己自身がいかに確認されるかということによって規定されており、この場合、哲学は万人が手にすることが出来ねばならないものであるということがいえる。
　そして第二に、哲学的思惟は、どんな場合でも根元的であらねばならず、人は誰でも、あらゆる確実性の根源、すなわち自己意識における存在意識に触れることで哲学的思惟を遂行せねばならないということがいえる。
　第三に、「哲学すること」の創造的な根源性は、少数の偉大な精神として何ものにもとらわれることなく、独自の立場をとった少数の人々に存しているということがいえる。
　第四に、哲学は人間にとって避けることの出来ないものであり、ただ問題となるのは、それが意識されているかいないか、優れたものであるかないか、はっきりしたものであるかないか、といったようなことだけであるといえる。
　ところで、哲学の本質は真理を探求することであり、哲学とは「途上にあること(Auf=dem=Wege=sein)」を意味するものである。そして、この「途上にあること」に隠された深い満足の可能性は、人間存在の歴史的な実現過程の内に存する。したがって、人間がそのつど置かれている状況の内に、この現実を捉えることが「哲学すること」の意味なのである。哲学とは何であるかということは私たち人間の「自己自身の実験」によって、なされなければならないことなのである。
　かくて、哲学とは生きた思想の実現であり、またこの思想への反省といえる。そして、人間と人間との交わり(Kommunikation)、さらに根源たる現実との関係によって、人間自身となるために集中すること(das Konzentrierende)なのである。
　しかし、哲学を意識的に完成することは一つの課題であり、しかもそれはけっして完結することはない。ただいえることは、哲学は人間が生きる限り、永遠に実現するものであるということだけなのである。
　哲学は争うことも証明することも出来ないが、人間性の根底において、あらゆるものを結合させ得る心の一致性のうちに生き続けているのである。私たちが明快な意識をもって本質的に思惟しようと欲する限り、この「永遠の哲学」(philosophia perennis) は常に現存して、頼りになるものなのである。

第二講「哲学の根源」
　哲学の根源というのは、いかなる時を問わず「哲学すること」への衝動が生まれる源泉のことをいう。
　この根元的なものとして第一に「驚異」が挙げられる。驚異の念を抱くことから認識が始まり、私は無知を意識し、知を求めるのである。そして、生活上の必要に拘束された状態からの覚醒、すなわち「哲学すること」がなされるのである。
　第二に、驚きによって認識されたものに対して「懐疑」が生じてくる。そして、この徹底的な懐疑が批判的吟味の源泉となり、明晰な確実性の地盤を獲得することが出来るのである。
　第三に、確実性への道としての懐疑の遂行において、自己の弱さと無力を認め、自己の「喪失」を意識した時、そこから自己自身に対する問いが生まれてくるのである。
　さらに、私たちの現存在の状況には、その本質においては変化することのない「限界状況」(Grenzsituation) というものが存在する。この限界状況というものは哲学のいっそう深い根源であり、私たちが本当にこのことを把握する限り、自分の存在意識を変革することによって自分自身になるのである。
　私たちの前に立ち現れる、あらゆる世界存在は全て人間が作ったものであって、信頼出来ないものである。どんな場合でも人間は自己自身の根源からながめることで、確実であり、存在であり、信頼できるものを見出さねばならないのである。
　この限界状況においては、死、偶然、罪、そして世界など頼りにならないものである。これは挫折 (das Scheitern) をもたらすものであるが、人間は挫折を経験することによって、自己の存在への道を獲得せんと欲する根本的衝動を起こす。すなわち、現世超克の「救済」を求めるようになるのである。
　しかし、「哲学すること」の三つの有力な根源的動機である「驚異と認識」・「懐疑と確実性」・「自己喪失と自己なること」は人間と人間との交わり(Kommunikation) という一つの制約のもとにおかれるものである。そして、「哲学すること」とは、この「交わり」が失われていることによる困惑のうちに根ざしているものなのである。
　自己存在と自己存在とを根底において結合させる、本来の意味における「交わり」においてはじめて、「存在の覚知」・「愛の開明」・「完全な安静の獲得」という哲学の目的は達成されるのである。

第三講「包括者」
　哲学は「何が存在するか」という問いをもって始まっている。あらゆるものを結合し、あらゆるものの根底に横たわり、存在する一切のものがそれから発生するところの「本来の存在」とはいかなるものなのであろうか。
　私たちが目覚め意識している限り、私たちの思惟する現存在は常に「主観=客観の分裂」(Subjekt-Objekt-Spaltung) の状態にある。私たちの意識内容として、常に主観のない客観も存しなければ、客観のない主観も存しないのである。
　存在そのものは客観でも主観でもあり得ず、「包括者」(das Umgreifende) であらねばならないのである。そして、この「包括者」が「主観=客観の分裂」において現象となって現れると考えられるのである。
　さらに、あらゆる思惟の内に「第二の分裂」が存している。あらゆる思惟された客観は、思惟する主観・自我に対立するとともに、他の対象に対立するところの特殊なものである。思惟されているということは、全て包括者の外への脱落を意味するものであり、包括者は、常に思惟されることで「名乗り出る」(sich ankundigen) だけなのである。　
　しかし、この包括者の確認を通じて、私たちにとって存在する存在者の現象の無限の可能性を開かれ、あらゆる存在者が透明 (transparent) なものになるのである。
　さらに、包括者は、存在それ自身として考えられた場合は、超越者（神）(Transzendenz) および世界と呼ばれ、私たち自身であるものとしては、現存在・意識一般・精神・実存と呼ばれるのである。包括者確認の究極の方法的帰結は、私たちの哲学的思惟の蹉跌の意識である。そして、包括者への人間の飛躍は、対象を規定する思惟の媒介においてのみ起こるものなのである。
　私たちの思惟する現存在の根本的事実としての主観＝客観の分裂の意識化と、その中に顕在する包括者の意識化は、私たちに「哲学すること」の自由をもたらすものである。それは事物の絶対性と対照的認識論の絶対性の喪失によるニヒリズムを意味する。しかし、このニヒリズムは私たちの哲学的思惟において、むしろ本来の存在への解放なのである。

第四講「神の思想」
　神の存在についての様々な証明と反駁において真理があるとすれば、それはおそらく、思惟による自己確認の道である。人間は、自分が決断し、道を見い出すということを、自分自身に負わねばならないものである。神の知は私たちが自由であることを欲したからである。そして、到達することの出来ない神の知のかわりに、私たちは「哲学すること」によって包括的な神の意識を確認するのである。神を確認することが、私たちの生の意義なのである。
　「神が存在する」という命題が指示する現実性は決定的である。この現実性は、根元的に神と関係することによって、実存にとって得られるものである。したがって、神が存在する限り、神は直接に個人としての人間にとって感得されねばならない。
　神に対する私たちの真の態度は、聖書に出ている次のような言葉の内に、その最も深い表現を見出すことが出来る。
　「汝おのれのためにいかなる神の像をも作るべからず」
　人間の思惟能力と直観能力には、たえず形象が立ち現れるものである。しかし、「哲学すること」の究極において、直観と対象がほとんど消失するとき、残存するかすかな意識は私たちにとって捉えることが出来ないものである。それは存在の前の沈黙である。「哲学すること」において、究極まで駆り立てられる問いと答えを超えることで、私たちは存在の静けさに到達するのである。
　「汝我のほか何ものをも神とすべからず」
　人間の永久不変の問題として、自己の生活の根拠として一なるものを獲得するかどうかということが挙げられる。ただ一つの神を信じる人間の生活において、一なるものへの集中は実存の決断に対して、はじめてその本当の根拠を与えるものなのである。
　「汝の心にあることをなせ」
　神に対するこの根本的態度は、不可解なものは、理解可能なものよりも上にあるのだと信じて、この不可解なものの前にひざまづくことをいう。人間は隠された神としての神性の前に立ち、それをこの神の思し召しとして引き受けることが出来るのである。
　以上のように、神性に対する私たちの関係は「いかなる神像も作らず」、「一なる神」という要求のもとにおいて、かつ「汝の心にあることをなせ」という帰依において可能なのである。
　神について考えることは、信仰を開明することに他ならない。信仰の内にはけっして知の確実性は存在せず、むしろ生活の実践の内に確認が存在するだけなのである。すなわち本来の「哲学すること」は知の確実さをもたらさないで、本来の自己存在にそれの決断の自由な空間をもたらすのである。
　人は誰でも哲学において、彼が本来すでに知っていたものを覚醒し、理解するのである。

第五講「無制約的な要求」
　無制約性とは「在るがままに在ること」(Sosein) ではなくて、反省を通じて不可解な深みという自由から明らかになってくるような決断である。そして、私たち自身はこのような決断と同一的なのである。
　また、無制約性は、これを実現する信仰の内にのみ、またこれを見る信仰にとってのみ現実的に存在する。無制約的なものは世界内の現存在として立証されたり、示されたりすることはありえないのである。
　さらに、無制約的なものは、時間の内にあって無時間的である。人間の無制約性は時間的に成長するものである。人間の内面において克服が行われ、そして無制約的な決断が確固不動のものとなったところまで道が歩まれる時、はじめて無制約的なものとなるのである。
　無制約性は、限界状況の経験と、不忠実になるという危険状態とにおいて、時間的に顕になるが、無制約なものそれ自身は、時間的になるということは断じてない。それが存在する場合、それは時間と交差して、それが獲得せられた時、それはあらゆる新しい瞬間において本質の永遠性として根源的である。
　無制約性の内容は善と悪との対立によってはじめて明瞭になる。そして、無制約的なものにおける、人間の実体である決断はそれ独自の性格をもっている。人間は正しいものを選び、彼の活動根拠において真実となり、愛によって生きる。この三様が統一されることで、はじめて無制約的なものの実現が生まれるのである。
　かくして、善の無制約性にしてはじめて、単なる義務を内容をもって充たし、倫理的動機を浄化して純粋にすることができ、憎しみの破壊的意志を解消することが出来るのである。
　しかし、無制約的なものがその基礎においている愛の根拠は、本来の現実への意志と一つである。そして、本来的であるものは、それを愛することなくして見ることは出来ないのである。

第六講「人間」
　実際において人間は「研究対象（対象としての人間）」として、ならびに「あらゆる研究によって知られない自由の実存（非対象的な人間）」として捉えるものである。そして、知の限界を知ることで、自由が神に関係している限り、決定されていることを自覚しているところの自由それ自身の導きがある。人間は自分自身の行為についての自己判断を媒介として導かれるのである。
　実際において、人間はけっして全般的に、また決定的に自己自身について下された判断において、自己自身にだけ頼ることは出来ないのである。決定的なもは神の判断なのである。
　私たちの本質と超越者の関係は、直観を欠くという点で弱みがあるにもかかわらず、しかも一切のものを決定する重要ものである。
　人生が透明になったところの人間にとっては、あらゆる可能性は神から授けられているものである。したがって、それぞれの状況はいずれも、その内に存在し、成長し、挫折するところの人間の自由のための課題なのである。
　しかし、この課題は唯一の現実性である超越者によって、また超越者において顕になる愛の無制約性によって、はじめて明瞭になるのである。神と関係するということは、すなわち哲学する個人が信仰することにおいて、絶えざる冒険をもって神に従うことを心の底から決断することなのである。神は個人の自由な判断によって働くのである。
　人間の存在の位階は、神の意志を聴くことにおいて自己の導きを獲得してくる源泉の深さによるのである。
　人間であることは人間となることなのである。

第七講「世界」
　世界は一個の一個の総括的な世界像として一個の全体者となり、自己内に閉ざされるものである。しかし、統一と統一との間における間隙、すなわち物理学的世界と生命の世界と心の世界と精神の世界との間における間隙は決定的なものとして現れてきている。
　世界像というのはいつも、誤って世界存在一般として絶対化された個別的な認識の世界であり、けっして対象とはならないものである。私たちがいつも見るのは、現象として目に見えるものであり、諸物の根拠でもなければ、全体的世界でもないのである。かくて、完全な知のみが到達し得る本来の「充実せられた無知」において、かつ科学的認識の途上においてのみ、本来的に存在するものが現れるのである。すなわち、充実せられ獲得せられた無知においてのみ、私たちの存在意識の独特の源泉が存するのである。
　私たちは世界の実在性 (Realitat) の性格を、原理的に「現存在は現象である」という言葉で言い表すことが出来る。すなわち、あらゆる対象は現象であるに過ぎず、認識された存在はけっして存在自体でもなければ、全体的存在でもないのである。そればかりか、世界は非完結的であり、唯一の原理へもたらされず、それぞれの視野をもつ認識にとって散在している。世界存在全体は認識の対象とはならないのである。
　世界内の実存は「神と実存の間で一つのはかない現存在」をもつ。しかし、人間は「汝が固執するもの、汝が拠ってもって立つところのもの、そは本来的に汝の神」である永遠者を想起せざるを得ず、そのためには有限的現象を超えることも出来るのである。
　私たち人間に課せられていることは、存在の調和や虚無主義的崩壊に反して、隠れた神性の言葉を聴くための準備をすることである。「神が存在する」、「無制約的要求が存在する」、「人間は有限的で完成することがない」、「人間は神による導きにおいて生きることが出来る」というこれら信仰の根本原理は、同時にこの世に神の言葉として実現せられる限りにおいてのみ、その真理を私たちに感得させるのである。
　存在へ私を徹底的に捧げることが、実存本来の在り方であるが、神とはこの私を捧げる当の存在である。この世界において実在するものへ帰依することにおいて自己存在が生まれる。この自己存在というのは、それが帰依する当のものの内にあって、同時に自己を主張するものである。世界への帰依ではなく、神への帰依によって、この自己存在それ自身が捧げられ、そしてこの世においてそれを主張する自由として受け取られるのである。
　神と実存が現実であり、その間において実現するはかない世界存在があります。永遠であるものは、現世的時間において現象するものである。したがって、個人としての人間も自己自身について知るのである。

第八講「信仰と啓蒙」
　哲学信仰の根本原理は次のように表現することが出来る。
　すなわち、「神が存在する」「無制約的な要求が存在する」「人間は有限的で未完成である」「人間は神の導きによって生きることが出来る」「世界の実在性は神と実存の間にはかない現存在をもつ」の五つである。
　これに対して「神は存在しない」「無制約的なものは存在しない」「完成された人間が存在する」「神による導きというものは存在しない」「世界はいっさいである」という無信仰性というものがあるが、これは「人間が自分自身となる道程」である啓蒙の結果であると見なされている。
　しかし、啓蒙の意義は曖昧である。真の啓蒙とは、思惟と問う能力に対して、悟性の方法と人間存在の内容とを混同することなく、実際上の限界を自覚することである。そして、もっとも純粋な啓蒙にとってこそ、信仰の不可避性が明らかになるのである。悟性は科学的認識としては経験的な直観を頼りとし、哲学としては信仰内容を頼りとしている。
　直感的経験の前提は世界から、また信仰の前提は歴史的伝承物から出てくるものである。そして、それらは外面的に捉えられるものである。つまり、「媒介者としての」悟性によって、科学においては、与えられた道を歩む者にとっては避けることの出来ない強制的な直観が経験に対して生産され、一方、哲学においては、伝承されたものを明白に顕にすることで、信仰の覚知が可能にされるのである。
　したがって、無信仰を防ぐには、むしろ、いわゆる知の証明可能な誤った合理的な主張と、誤った合理的な信条とを克服することによってのみ可能なのである。
　哲学的信仰の原理の各々のものの意義の内に存するものは、具体化されるところの無限性の標識である。この無限性が信仰において顕になる時、世界存在という果てしなきものが、この根拠の多義的な現象となって現れるのである。
　哲学者はあらゆる答えを回避するために、自分の無知を利用してはならない。信仰の原理を意味深いものとして捉え、それを目指して生きる力を得たいと思わねばならない。哲学する働きにあっては、あやふやな言表の外見的な非決定性と、決定的な態度をとるところの現実性との間には、常に一種の緊張があってしかるべきだからである。

第九講「人類の歴史」
　どんな実在するものも、私たちの自己確認にとって、歴史ほど重要ではない。歴史哲学とは、概観することが出来ないほど無数の因果的連鎖をなしている世界史の意義や統一や組織を探求することを意味するものである。
　さて、今日まで私たちの思惟に拠ってきているところの基礎的範疇は、紀元前八百年から二百年の間（枢軸時代Achsenzeit）に発生した精神的過程の内に存するものである。それまで無意識的に通用していた色々な思想や風習や状態は、この過程を通じて疑問とされるようになったのである。人間はもはや自分の中に閉ざされず、自分自身が不確実性であるとともに、新しい限りなき可能性に対して解放されていったのである。
　しかし、このようなことが枢軸時代、数世紀を通じて展開されたにもかかわらず、人類は一度も完成に到達したことはなかった。個別的に実現された最高の可能性は、共有財とはならなかったのである。
　現代に至るまでの人類の精神生活は、さかのぼって枢軸時代と関連を有するが、私たちが現代の実在するものに関して悲観し、人間の歴史全体を失われたものと見なそうとも、私たちはこのような歴史の圏内において方向を見定めねばならないのである。そして、私たちが現在的に現実的となり、真理を探究し、人間存在の基準を見るならば、それだけ一層決定的に未来を信じることが出来るようになるのである。
　歴史は神性の存在が顕になる場所である。存在は他の人とともに人間の内において顕になるものである。人間は誰でも神と直接に関係しており、歴史的な多様性の内には、絶対に導き出され得ぬものの独立の権利が存立しているからである。神性に対する信仰によって開かれる人間存在の根底が問題とされるならば、一切のことが期待されるのである。
　ところで、それ自身が人間存在の最高の可能性に到達するための条件であると考えられる一つの目標は「人類の統一」である。そして、この統一はただ歴史性の深みから獲得されるのみであり、しかも最高潮に達した時、純粋の愛の闘争となり、閉鎖されることのない相互の語り合いが実現され、歴史的に異なったものの無制限な交わりにおいてのみ獲得されるものなのである。
　しかし、人間性が交わりを欲し、法的秩序のために暴力の放棄を欲するとしても、未来を一義的に幸福だとみる楽天主義は、けっして私たちの役には立たないのである。むしろ、私たちにはその反対へ走る傾向があるのである。
　私たちは私たちの時代と状況を十分に自覚しなければならない。私たちは時代を開明することによって、私たちが深い根拠から生きることが出来る場所へ、迫っていくことを試みなければならないのである。また、私たちは歴史を神化してはならない。超越的な基礎をもつものとして現れる真理と交差した歴史を自己のものとすることで、「永遠性の内に錨を」おろさなければならないのである。

第十講「哲学する人間の独立性」
　独立性は二義的なものである。すなわち、哲学する者が自己の思想の支配者であるということにおいて、それは恣意における無拘束性を意味するのか、超越者における拘束を意味するのかということである。
　この二義性によって独立性はともすれば、歴史的に実現される本来の自己存在への道とはならないで、かえって常に変じ得るという無拘束として現れやすいものである。真の独立性を獲得するためには、単に二義性の徹底的開明が必要なばかりでなく、あらゆる独立性の限界意識も必要なのである。
　独立性の第一の限界として、「絶対的な独立は不可能である」ということが挙げられる。私たちは他の自己存在との交わりにおいて、はじめてともに本当の意味において自己自身となるのである。
　また、独立性の第二の限界として「独立性はただそれだけのものとしては無意味なものとなるということ」が挙げられる。「哲学すること」は、超越者による絶対的拘束と同一であるような、この世界におけるある独立性から生まれ出るものである。独立性は拘束が無く、すぐに空虚な形式的な思惟となるものである。
　さらに、独立性の第三の限界は「私たちの人間存在の根本的性質」である。私たちの独立性はそれ自身すでに何らかの援助を必要とするものであり、私たちの可能的な独立性はいつも超越者への依存性なのである。
　「哲学すること」の現在可能な独立性は次のように概括することが出来る。すなわち、「自己の思想の支配者となること」であり、「進行としての“哲学すること”を深めること」であり、「無条件的な交わりにおいて真理と人類性を闘い取ること」であり、「あらゆる可能性に対して自己を開放することが出来るように努力すること」であり、自己自身の歴史性を通して、絶えず人間存在全体の歴史性の中へ、また世界公民主義の中へ根を深めていくこと」である。
　私たちは、人間であることへの飛び込みを敢行することによって、充実した独立性へ迫っていくために、出来るだけのことをしなければならない。同時に「哲学すること」は、このような独立性の学びであって、独立性を所有することではないということを忘れてはならない。

第十一講「哲学的な生活態度」
　哲学的な生活態度への意志というものは、個人が陥っている暗黒の状態、自己忘却の状態から生まれるものである。この自己忘却への傾向は、すでに人間そのものの内に存するものである。
　「哲学すること」は、根源を目覚まし、自己へ還帰し、内的行為において出来るだけ自らを助けるという決断である。自己忘却ではなく、内的に自己のものとすること、内的に貫徹すること、徹底的に開明すること、これが哲学的な生活態度なのである。
　このような哲学的な生活態度は、あらゆる種類の反省を通じてなされる孤独な「思弁」と、共同活動・共同討議・お互いの沈黙などにおいて行われるあらゆる種類の相互理解による人々の「交わり」(Kommunikation) という二つの道をとる。
　哲学的生活態度において、自己反省・超越的内省・課題の闡明（「現在、何が行われるべきか）という三様の形態で内省を行い、そして無拘束な交わりに対して自己を開くならば、愛の明瞭性、常に不確実な神性の要求、存在の啓示などが無限に顕になるのである。このような内省において、私たちを生かしている包括者を覚知するならば、この内省は無限の活動において私たちを支えてくれる根本的気分として光を放つのである。
　自己の道を進み、事物の常に多義的な言葉としての暗号に耳を傾け、しかも超越者が存在することの確信をもって生きることで、「哲学すること」は生の喜びであるとともに死の学びにもなるのである。そして、この死の能力こそまさに、正しく生きることの条件なのである。
　「哲学すること」は、知的可能性の限界における徹底的に謙虚な態度をもって、知の限界において知られないものとして現れるものに対して、心が全く開かれていることである。そして、人間性とこの「哲学すること」とは不可分なのである。
　ところで、哲学的な生活は常に「錯倒（現存在的意志の要求が実存開明の形態の仮面を被ること）」に陥って崩壊する危険に脅かされている。自分の内にある錯倒を見抜き、それを克服しようとする哲学的な生活は、自分が不確定な状態にあるということである。しかし、たとえ他者と一致することによって真理を見い出し、求められずして各章を見い出しても、哲学的な生活態度の目標は到達可能な状態として定型的に表現されないものである。
　私たちの本質は「途上にあること」であり、自分自身の時代を、私たちの包括的な現実として経験する場合においてのみ、この歴史における永遠性を捉えるのである。そして、私たちは自分自身の生の歴史的に具体的な選択行為によってのみ出来る「飛躍」によって、一層明白になった根源に触れるのである。
　この「飛躍」こそは一切のものにとって重大なことであり、人は誰でも自己自身の内からその行動を起こし、そして共同的にそれを敢行しなければならないのである。

第十二講「哲学の歴史」
　哲学は人間が生きる限り、何らかの形態であまねく現存している。教会は万人にとって存在するが、哲学は個人にとって存在するものなのである。
　独自の哲学はおのずからにして人間に与えられるものではない。哲学は、それを自己自身の根源から探知する人によってのみ捉えられるのである。「哲学すること」は、それ自体にまた本質的に、あるがままの人間に関する問題である。私たちは哲学的思想や哲学者を、その肉体的な現実の内に捜し出さねばならないのである。
　中国・インド・西洋における思想的発展の同時的な類型的構成は、西洋においては第一に「はるかに強力な、精神的危機と発展に関する自己革新的な運動」によって、第二に「思想を表現する言語と民族の多様性」によって、第三に「科学の独特な発展」によって、その特色をもつ。
　また、西洋哲学は歴史的に四つの啓示的な分野に分かれる。第一に「ギリシア哲学」、第二に「キリスト教的＝中性的哲学」、第三に「近世のヨーロッパ哲学」、第四に「ドイツの観念論の哲学」である。
　しかし、このような概観は表面的なものである。一層深い全体的関連を感得することにおいて次のような問題が探求され得る。
　第一に「哲学史の（理念の）統一に関する問題」、第二に「始源（ある時始まる思惟）とその意味に関する問題」、第三に「哲学における発展や進歩に関する問題」、第四に「（個々の哲学者と典型的な時代観に関する）位階における問題」である。
　こうした問題を孕みつつも、「哲学すること」の歴史的伝統の全体、この無尽蔵な真理の貯蔵は、現代の「哲学すること」へ通じる道を示すものである。歴史は、それが目覚めた後には自我の鏡となる。哲学史は自己自身の探求のために、模倣することの出来ない完全な原型を示してくれるものなのである。
　「哲学すること」の意義は現在性であるといえる。私たちは現在の現実によってのみ、無時間的なものが獲得せられ、時間の把握によってのみ、私たちはあらゆる時間が征服される場所へ到達するのである。

著者ヤスパースは何を言おうとしたのか？
　哲学が人間としての人間に関わるものであるあるとするならば、それは万人にとって関わりのある事柄、私たちの人間的生活における実践的な現実の問題に関連する事象を感得するものであり、確認してしかるべきものであるはずである。
　私たちが「哲学すること」において問題となることは、現実の世界において顕になるところの無制約的なもの、本質的なものである。これらの問題を哲学的思惟のいろいろな可能性の内に見い出すことは、あらかじめ信じられている根源に触れることによって、私たちの心の内にそれをめざすことである。
　私たちが「哲学すること」とは、あらゆる他者の立場に立って考えてみるという努力を絶えず続け、人間にとって可能であることを学びつつ自己自身の本質を吟味することである。そして、自分自身で考えることによってはじめて真理に到達し得るものなのである。
　ところで、いっさいのものは、理解する者としての一なる自我の内へ取り上げられることによって集められるものである。自分が自分に一致しているということは、分離しているもの、対立しているもの、相互に接触していないものを、一なる者＝包括者と関係づけることによって、自己自身の思惟を確証することをいうのである。「哲学すること」における統一の理念とは、実際的には常に挫折しながらも、自己を自己として覚知することを促すものなのである。
　自己を自己として覚知するという「実存の自己存在」はけっして孤立的な存在ではなく、むしろそれは他者とともに存在する、自己固有の「交わり」においてはじめて可能となる。逆に交わりは実存的交わりとして、はじめて真の意味における交わりとなるのである。
　著者ヤスパースは、このような実存的交わりへの意志が「哲学すること」への意志に他ならないという観点から、「すべて哲学することはが驚きをもって始まり、世界知が疑いもって始まる如く、実存開明は交わりの不満の経験をもって始まる」(Philosophie �,S.55) とした。すなわち、哲学の根源は驚異・懐疑・限界状況の経験の内に存するものであるが、究極的にはこれら全ては総括して、本来の意味における交わりへの意志の内に存するとヤスパースは考えたのである。
　さらに、ヤスパースは哲学の目的を、存在の覚知・愛の開明・完全な安静の獲得と意義づけて、真の哲学とは人間が可能的実存として人間の現実的生活からの中から身をもってする内面的反省と思索であると意義づけ、主張したのであった。
　ここにヤスパース自身の実存哲学の精神と性格は極まり、「哲学すること」において、水平化された抽象的真理一般としてではなく、無限に実現される真理の多様性としての「真理性全体」に対して心を開く独自の哲学的態度が確立したといえる。

私の見解
　ヤスパースも主張しているように、私たち人間は絶えず包括者、いわば主観と客観の分裂を越えた超越者を想起するという前提のもと、自己を自己として覚知して生きている。
　この「自己が自己に授けられている」(sich selbst geschenkt sein) といった形而上学的認識が、「哲学すること」における私たち人間の意志の内にあるとすれば、私たち自身はまさに神性の包括する存在、否、神性そのものであるとも考えられる。神性、すなわち人間の主観と客観の葛藤を越えた存在である超越者なるものが、私たち人間と一体であると考えることは極めて哲学的なパラドックスを孕んでいるように思えてならない。
　しかし、この「逆説性」に裏付けされる実在性の客観的価値は、「人間であることは人間となることである」という言葉に集約されるものであると私は考える。
　私たちが日常的な生活において認識しているところの自分自身の姿は、すなわち自分自身の有限的な現象を一義的なものとして捉えたものにすぎない。したがって、そこにおいて真の意味においての自己確認がなされているとはいえないのである。私たちは自己を人間であると勝手に意義づけているが、その本質的意味においては人間となっていない、完成された存在とはなっていないのである。
　しかし、私たちには自己の存在を、ひいては自己を包括する超越者の存在をも覚知し得る、すなわち実存開明を実現させることが可能な「哲学する」力を秘めているのである。目を閉じて、悠久の存在に想いを馳せる人間の姿は、あたかも包括する一細胞に自ずから認識されている一個体のようでもある。人間は、この「哲学すること」という極めて自然的な思惟行為において、それを包括する超越者を考え、彼の存在と一体となっている自己の存在を認識し、それによって自己の存在世界に改めて沈潜していくものと私は考えるのである。
　まさに哲学とは、このミクロ・コスモとマクロ・コスモにおける相互的な自己確認の鏡象的思惟行為であると考えられる。私たちが現実世界に安住し得るのは、内的な自省行為を行いつつも、同時にバランスよく外的な自省行為、すなわち自己の内における自己を、包括者の眼をもって見つめ直しているからである。
　自己における人間存在の錯覚に陥り、自己を包括する絶対者にはけっしてなり得ぬ人間・・・しかし、そこには自己の包括者たる存在に幻惑され得る絶対者なる神性の存在の卑近さを感じざるを得ないのである。
　私たち人間がおおよそ「哲学すること」をもって神性に近づくことは、逆に私たちが想起して止まぬ神性から遠ざかることであるとも考えられる。しかし、同時にこの哲学的事実は、人間が錯倒することによって認識した非哲学的覚知から脱して、真の人間存在に接近し得る、すなわち「人間が人間となる」絶好の要因となり得るものなのである。
　哲学をもって、神に近づかんと欲し、結果、自身を真の人間存在に至らしめる・・・これこそ、私たちに与えられている普遍的かつ運命的な使命であると私は考えるのである。

(かわはらなおと)

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