Bioethical Approach to Education for Human Sexuality With special references to abortion issues among young people in Japan
J7B126-2 多気田 亜希子

Japanese | English

問題・目的
   1930年に優生保護統計が始まって以来、日本の人工妊娠中絶件数は減少しているのに対して、十代の中絶だけがゆっくりとではあるが増加の傾向にある。これは、若者の性のモラルが乱れたためであるとか、十代の性の問題行動として扱われている。しかし、真の原因は十代の若者達自身にあるのではなく、性や避妊に関する必要な知識を十分に与えていない現在の性教育や、性をタブー視し、性的な行動は人間にとって人間にとって肉体的のみでなく、精神的にも大きな意味をもつ大切なことであるということを教えない大人達にあるのではないだろうか。
   本論文では、現在の性教育の概況と日本人の性意識や中絶をめぐる状況を調査し、1. 自己決定、2. 恩恵、3. 平等、4. 公正という4つの原則を中心とするバイオエシックスの見地にたって、今どのような性教育が必要とされているのかということを考えてみたい。

  方法
 文献における調査のほかに、早稲田大学人間科学部の学生85人と、十代から二十代後半の子供をもつ母親65人を対象に、以下のような内容を中心に質問紙による調査を行った。
 1. 性に関する知識はいつ、誰から学んだか。(学生)
 2. 性教育の内容にどのようなことを期待するか。
 3. 人工妊娠中絶についてどう思うか。認めるとしたら、どのような場合に認めるのか。

  考察
 日本では、刑法で堕胎を禁止しておきながら、優生保護法において、その違法性を阻却するという二重構造のかたちで人工妊娠中絶が認められている。そして、優生保護法では経済的理由による中絶を認めているため、日本における中絶の法的規制はかなりゆるいものとなっている。また、江戸時代には「間引き」と呼ばれる嬰児殺しが人口抑制の方法として認められており、これまで中絶の倫理的是非が社会的に大きな問題として論議されたことはなかった。日本では中絶は「仕方のないこと」となってしまっているようである。
 次に性教育の歴史を見てみると、戦前の日本には体系だった性教育というのが存在していないばかりか、性について語ることはタブーとされていた。そして戦後の混乱の中、売春による闇堕胎の増加や性病の流行への対策として始められたのが純潔教育である。これは純潔という言葉の示す通り、生徒に結婚前の性的行動を避けることを奨励したものである。1986年に文部省が「生徒指導における性に関する指導」という、初めての性教育に関する指導書を発行したが、妊娠や一対一の男女交際を問題行動として捉えるなど、純潔教育の影響がうかがえる。
 それに反して、日本の青少年の性行動は活発化している。性に関する正確な情報を与えられないままに、テレビや雑誌による歪められた性の描写の影響を受けている様子が分かる。
 アメリカでも十代の妊娠・中絶は深刻な問題となっていて、エイズの感染の予防と共に性教育の大きな課題となっている。イリノイ州のプログラムは、社会における家族のもつ役割の重要性を示しながら、性的な関係や結婚や親になることの意味を理解させることを目指している一つの例である。
 このように、性教育では科学的知識のみでなく、性の重要性も教えられるべきなのであるが、それは大人の価値観を押しつけるものではなく、常に生徒の側に立った広い視野が必要である。

  結論
 性というのは人間にとって肉体的のみならず精神的にも大きな意味をもつ大切なものである。バイオエシックスの最も重要な原則である「自己決定」という見地に立って、純潔教育を越えた、若者達が自分達の性的な行動に関して、責任ある決断をできるようにするための教育が必要であると思われる。
 性や避妊に対する正確な科学的な知識を与えることはもちろん、人間にとって男性または女性としての性とは何かということを考えさせ、健全な性に対する意識を育てることによって、豊かな愛情と誠実な人間関係に基づいた性的な関係をもつことができるような教育が望まれている。


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