小児医療における真実告知
- 白血病の子どもに対するTruth Tellingを通して -
J1B034-1 掛江 直子

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はじめに

 「イワン・イリッチの主な苦しみは嘘であった - なぜか一同に承認せられた嘘であった。(中略)『でたらめはもういいかげんにしてくれ! わたしが死にかかっているのは、君たちも知っていれば、わたしもちゃんと承知している。だから、少なくとも、嘘をつくのだけはやめてくれ!』」これは、1886年にトルストイによって著された『イワン・イリッチの死』の中の心の叫びのセンテンスである。このように"真実を隠すこと" "嘘をつくこと" は、いつの時代であってもこんなにも人を苦しめる行為であったことが分かる。それから遅れること100年、バイオエシックスの発祥の地であるアメリカからは約20年遅れて、日本の医療においても徐々に患者に対する真実告知が唱えられるようになってきた。そしてそれから10年経った現在、日本の医療はどうなったであろうか。
 「がん告知」「患者の権利」「インフォームド・コンセント(I.C.)」「自己決定権」などのキーワードが言葉としてはよく聞かれるようになり、成人の医療においては徐々に真実は患者本人にも告げられるようになり、I.C.も得る方向へと進んできていると言える。つまり、トルストイに1世紀以上遅れてやっと"真実を隠すこと" "嘘をつくこと" は患者の尊厳を踏み躙る行為であり、患者の人権を侵害する行為であるということが理解されてきたといえよう。しかし小児医療でも同様に「患者の権利」を認め「患児に対する真実告知」を行ない「I.C.」を得る方向へと進んできていると言えるかというと、残念ながら、そのようなバイオエシックスの考え方を取り入れている医療者はまだまだ少数であるし、さらにそれを実践している医療者は本当に極少数でしかない。では何故、小児医療では未だに患児に対して患児自身の真実を隠し、嘘をつくことが許されているのであろうか。何故、患児本人に真実を告げようとしないのだろうか。

白血病の子どもに対する真実告知

 本論文筆者が1994年11月に行なった白血病の子どもを持つ母親に対するアンケート調査を基に、医師と家族の関係(患児家族に対する告知の方法とその満足度)と母親と患児の関係(母親の子ども観)を中心に、母親が子どもに対する真実告知について否定的でいるその理由を考察した。結果としては子どもに対して真実告知をしていない群よりもしている群の方が、医師から親に対する患児の診断の告げ方の満足度が高く、このことから医師の親に対する告知の満足度が告知に対する親の姿勢に関係していることが分かった。また母親が子どものことをどのように認識しているかを調査した結果、告知している群の母親よりもしていない群の母親のほうが「子どもの気持ちが理解できる」と回答した。このことから子どもを理解していると自負している母親の方が告知に対して否定的であることが分かった。

社会心理学的な視座からの考察

 以上の結果から親の気持ちの中に「子どもは社会的に弱い存在であり親(大人)に保護されるべき存在である」ことが推察されたが、子どもはその特性として「日々成長していく発達過程にいる存在である」といった当然のことが見落とされ、その結果過度の憂慮によりマイナスの意味でのパターナリズムが台頭してくることとなる。そしてその結果として患児に対する真実告知が否定されてしまうのである。しかし患児の方は告知されないという形の保護では周囲とのコミュニケーションが十分に取れず孤立化してしまう。また、患児は病院という社会における"タブー"をよく知っているため真実が知りたくても社会的存在としてこのタブーを破ることを口にできず、一層孤立化してしまうのである。従って、社会心理学的には「真実を告知した上でのopen-communication」が必要となってくるのである。

法学的な視座からの考察

 法学的には、1989年に国連で採択され、本年4月日本でも批准された『子どもの権利条約』を基に、現在国際的に支持されている子ども観においては子どもに対する真実告知がどの様に扱われるかを調べた。その結果、現在は従来からの保護の対象としてだけでなく、子どもにも人としての基本的人権を認め、意思主体としてとらえる傾向が強く、前文、第3条[子ども最善の利益]第5条[親の指導の尊重]第6条[生命への権利]第12条[意見表明権]、第13条[表現の自由]の5条によって子どもに対する真実告知は肯定されると解釈できた。

バイオエシックスの視座からの考察

 バイオエシックスの視座から考察すると子どもに対する真実告知は子どもがAutonomousな存在であることに基づき、Autonomy(自律性の尊重)の原則、Beneficence(恩恵の原則)、Justice(公正)の原則、Equality(平等)の原則によって真実告知は肯定される。またThe client is child. であることを認識し患児と真実共有した上でサポートしていかなくてはならないといえる。さらに告知に反対する理由の多くは誤った子ども観やメタファーにあったことから、今後患児家族や医療者に対して子どもについての相談(教育)機関を設けることを提言したい。


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