青少年の人工妊娠中絶と性教育に関する一考察
J2B021-2 伊藤聖子
Japanese | English
1. はじめに
1989年の学習指導要領が改訂によって、学校での性教育の扱いも変化してきている。しかし、その一方でマスメディアにあふれる沢山の性情報に影響を受けて青少年の性に対する意識が変化し、それがフィードバックされて、さらに "若者が興味を持ちそうな" 情報が流されるので正しい情報・知識を得ることが困難になってきている。
このような社会の中で10代の妊娠・人工妊娠中絶が大きな問題になってきている。人工妊娠中絶に対しては賛否両論あり、アメリカではカトリック教会、生命権尊重派などの反対派がクリニックを襲撃する事件が起きている。一方、中絶は女性のプライバシー権であると主張する派もある。後者の立場から考えると、「10代で中絶の決断を迫られ、この権利を行使しなければならない少女が増えるのは、性交・中絶といった話題を避ける性教育に問題があるのではないか」と思い、これから望まれる性教育を考えていくことにした。
2. 青少年とは
ライフサイクルにおいて、小児期から成熟期への移行を表す言葉としては「思春期」「青年期」、英語のpubertyやadolescenceが挙げられる。専門領域によって理解が異なるが、二次性徴の開始から完成までと定義するものが多い。少年法では14〜20歳未満を対象とし、青少年保護育成条例では18歳未満が保護の対象とされている。
3. 人工妊娠中絶
まず、世界的な中絶の歴史をみていく。アメリカでは各州の刑法に中絶禁止の項目が設けられていたが、1973年のRoe. v. Wadeの判決で中絶はプライバシーの権利として認められることになる。
日本では人口増強政策として1880年に刑法に堕胎罪が制定されたが、戦後の混乱の中、人口過剰が叫ばれ1948年に優生保護法が制定された。
次に日本の現行の法制度をみていく。人工妊娠中絶は優生保護法第2条で定義されており、その可能期間は妊娠満22週未満とされている。第14条に5つの項目が規定されており、これに該当する場合のみ中絶が許される。最近は99%以上が『経済的理由』の適用である。一方、堕胎罪もまだ適用されており、妊婦や医師が罰せられる可能性ももっている。
中絶は11週までの初期と、21週までの中期で手術方法が異なることを示した後、優生保護統計報告より中絶の大半を占めているのは20代後半〜30代前半の主婦であること、全体の7.6%の10代の中絶で中期中絶の割合が高いという現状を示し、10代の中絶の問題点を探っていく。
4. 性教育
まず、アメリカの性教育の史的展開、実施率、内容と方法、学校外での性教育について説明する。昨年のゼミ合宿で訪問したワシントン家族計画協会で行われている青少年向けのプログラムを紹介する。
日本の性教育については史的展開、実施率、目標と内容、学校外での性教育について説明する。特に、内容については1989年の学習指導要領改訂で導入された小学5年の理科「人のたん生」、5・6年向けの保健の教科書、また、高校保健体育の「思春期の性」や中絶の扱いについて調べていく。
5. 青少年の変化
日本性教育協会の調査などを中心に、性意識と性行動の変化をみていく。性意識の変化では婚前性交を否定する者が1970年頃 -純潔教育から性教育へと用語が変わっていた頃- を境にして、激減していることを示し、性行動の変化では性交の低年齢化、交際を始めてから性交に至るまでの期間の短縮を示す。
6. これから必要とされる性教育
-バイオエシックスの観点から-
バイオエシックスの中で最重要とされる自己決定の原則にのっとり、【青少年の性の自己決定をサポートする教育】の必要性を説く。青少年は未成年であり、行為能力が不十分とされるが、自己決定権は保障されている。自己決定を行うためには、適切な援助や助言が必要となる。性における自己決定能力は「多様な選択肢を前に、自分にとっても相手にとっても、一番幸せな姿を選び取る能力」である。中学生も性交をする生徒が増えているのに、必要な知識を与えないのは、援助を怠っていることになるのではないだろうか。沢山の正確な知識を持っていれば、選択の幅が広がってくるのである。
現在、性交や避妊を扱っているのは高校の教科書だけである。これでは義務教育修了後社会人になる者への指導が出来ない。以上のような点から、中学生にもきちんと避妊の原理や考え方を指導していくべきだし、「家族計画」という、婚前性交を暗に否定する項目への避妊の位置づけの改正を提案する。
また、【性のトラブルに援助できる教育】も必要である。中絶に関しては、その後遺症を強調する傾向がみられる。中絶をした本人が自己否定イメージにとらわれないよう、温かい援助が必要で、退学・停学といった切り捨て行為は好ましくない。
性に対して偏見を持っていたり、正しい知識を身につけていない教師のための【教師 (及び教員養成課程の学生) への性教育】、【学校外の性の相談・学習施設の充実】も重要であると考えられる。
卒業論文要旨一覧のページに戻る