日本における脳死・臓器移植問題に関する一考察
J2B072-9 小柴雄裕

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第一章 はじめに
 人間は、脳の生命維持機能・心臓の循環機能・肺臓の呼吸機能が相互に関連して生命の環を形成している。これらのいずれか一つの臓器の機能が停止すると、間もなく他の二つの臓器の機能も停止する。
 伝統的な死は、三徴候の判定によってなされてきた。脳・心臓・肺臓の司る生命維持機能・循環機能・呼吸機能の三つの機能を生命活動の基本と考え、心拍動の停止・自発呼吸の停止・瞳孔の散大が確認された時点を人の死としてきた。
 しかし、人工呼吸器の技術開発がなされると同時に、脳幹を含む全脳髄が不可逆的な機能喪失の状態になっても、生命維持装置によって循環機能・呼吸機能は維持されているという状態が現れた (脳死の状態)。
 現在、欧米アジア諸国においては、脳死は人の死と認識され、脳死体臓器移植は一般の患者に対する治療法として確立されている。
 脳死患者から得られた腎臓、角膜の移植や心肺移植のみならず、肝臓及び膵臓までが移植治療の対象とされている。
 それに比べ、現在の日本においては、脳死体臓器移植は全く行われていない。脳死を人の死とする社会的合意が得られていないことに加え、医学界内部でも足並が揃っているとは言い難い。
 けれども、国会で臓器移植法案が審議され可決されれば、我が国においても脳死体臓器移植は再び開始されることになる。そのために、過去に行われた脳死体臓器移植に対して、バイオエシックスの観点から考察することは、再び同じ過ちを起こさないために有意義であると考える。さらに、脳死体臓器移植が開始される前に克服されるべき問題点や、開始された後に直面するであろう問題についても考察を加える。

第二章 脳死・臓器移植の歴史
 脳死と臓器移植との間には、非常に密接な関係が存在する。なぜならば、心臓・肺臓・肝臓・膵臓等の移植に関しては、脳死体からの臓器摘出が前提となるからである。脳死という概念の出現と臓器移植の発展はどのように関係を形成してきたのであろうか。脳死・臓器移植問題を論じる前に、その歴史を概観する。

第三章 日本で行われた臓器移植とその問題点
 1968年の和田心臓移植に始まって以来、我が国でも脳死体臓器移植が行われていた。しかし、現在は脳死体からの臓器移植は全く行われておらず、また、行うことができない。このことは、過去に行われた臓器移植が多くの問題を抱えていたことに関係があると思われる。
 日本において実際に行われた臓器移植のケースを取り上げ、バイオエシックスの観点から問題点を考察する。

第四章 日本において脳死体臓器移植を開始するために
 脳死体からの臓器移植を開始する前に、その準備段階で解決されるべきことと、臓器移植開始後に直面すると考えられる問題について考察する。
 臓器移植はその治療法の前提として、脳死の状態に陥った患者を必要とする。その脳死を判定する方法は万全なのか。また、臓器摘出の承諾を誰に求めるべきか。臓器移植が開始されると提供臓器の不足が予想されることなどを1994年に国会に提出された「臓器移植に関する法律案」や海外の状況などを踏まえつつ検討する。

第五章 おわりに
 日本における過去の臓器移植は多くの問題を含んでいた。このことが、医師への不信感として脳死・臓器移植に対して不安を煽り、社会的な合意を得られないという結果になっている。現在の医療現場の体質やパターナリスティックな医師の態度は、今後改善されるべきであり、我々が自己決定権によって自らの生命の主権者たりえるようになることが重要である。
 また、経済的問題や優先順位が存在する限り、すべての人間に平等にその成果が享受されないという点から、臓器移植は万全の治療法とはいえない。このことを充分に認識し、移植医療を実施して行かねばならない。


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