�序章:
本章では、医療が非常に公共的な性格を有するという観点から、医療保障制度や医療供給体制が拡大していく社会的展開の中で、医療の内容自体が基本的人権の実現を満たすサービスとしての役割を果たしているかどうか、また共同体社会における医療資源の消費が平等に保障されているかどうか、さらには、医療の供給管理が民主的あるいは公的に公正に保障されているかどうかといった様々な行政上の最重要課題に関する本研究の方向性を決定する思考プロセスを提示する。
また、世界最高水準の医学研究と独自の医療行政機構をもって世界の医療行政の趨勢をリードし続ける米国を敢えて比較検討の対象とすることにより、国境を越えた医療、ひいては社会における医療の本質を見極めていく意義を述べる。
�第一章:
本章では、近年の我が国における医療行政を取り上げ、主体的な役割を果たしている厚生省の構成と各主要機関の概要について述べる。
更に、医療をめぐる政策決定に多大な影響を与える社会保障制度の概要と問題点について検討を進めていく。特に、近年の我が国において急速に進行している社会の少子・高齢化をめぐる社会保障の諸問題から、国民経済の一定の制約の中にあっても、より良い医療サービスを供給し得る行政システムの構築について考察を進める。
引き続いて、我が国において行われている社会保障構造改革を取り上げ、社会保障に対する多様な需要に対応するサービス提供体制の確立、制度間の重複等の排除という観点からの制度横断的再編成等による全体の効率化について検討し、高齢者介護の体制の確立、医療制度全般の効率化、年金に関わる将来の現役世代の負担の適正化、少子化問題への総合的対応、入院・入所時の費用負担の調整等の諸問題に対する行政上の対応を考察する。
こうした社会保障上の問題を背景として、近年の医療保険制度システムに医療費の適正化や効率化の要素を如何に取り込んでいくかを検討し、医療制度及び医療保険制度両面から必要と考えられる医療総合政策案について、バイオエシックスの視座からの考察を進める。
�第二章:
本章では、近年の米国の社会保障をめぐる医療行政機構の概要と問題点について検討を進める。特に、日本の厚生省にも比すことの出来る米国保健福祉省 (DHHS) が行う公衆衛生活動において、最も注目される部局であるNIH(米国立保健研究所)に着目する。また、現在の米国の医療や生活個人責任制の限界をめぐる社会保障の在り方、メディケア及びメディケイド等の健康保険の問題にも着目して考察する。
�第三章:
本章では、これまで述べてきた日米医療行政をめぐる各々の歴史的・社会的背景に着目し、両国の社会経済的な背景による特異性も併せて考慮しつつ、両者の長所・短所について検討する。また、「医療を提供される者」側からの秩序立った医療システム体系が既に構築されている米国社会の実情を分析し、個人の自助・自決の強調と地方分権主義に基づくナショナリズムの二律背反性に対する考察を展開させることにより医療の在り方を検討する。
�終章:
本章では、医療の普遍的利用の保障と財政管理システムの関係、我が国において社会問題となっている薬価をめぐる診療報酬制度見直しの問題等を取り上げ、バイオエシックスの概念を重層的に網羅させた政策観念から社会的合意としての公共政策に結び付けていくことの重要性を提示する。そこから、国民主体の国家があらゆる行政機構にわたって公正なる政策を展開し、かつ、自律の価値観に基づいて生活する国民一人一人を平等に支援し、地域コミュニティに互恵的な連帯感を生み出していく公共政策作りの必要性を提言する。