高齢者虐待に関する一考察
-バイオエシックスの視座から-
J94B148-7 山田順子

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序章
 日本でも高齢者虐待に関する調査研究が、近年ようやく行われるようになってきた。しかし、高齢者虐待に対する社会的な認識は依然低い状況である。虐待への援助、介入などに関しても本格的な取り組みはなされていない。
 今日、介護問題の一側面として顕在化した高齢者虐待は、高齢者の人間としての尊厳を損なう人権への侵害であるだけでなく生命に関わる問題でもある。全ての人が問題意識を持ち、深刻に受け止めていく必要がある。また、高齢者虐待は被虐待者への人権侵害であることは言うまでもないが、社会構造的に見れば、介護に疲れ果て、心ならずも加害者の立場へと追い込まれてしまっている虐待者への人権侵害でもある。本研究では、このような広い視点から高齢者虐待を捉えていく。
 実際のケースに対する本格的な援助や介入はすぐになされなければならない緊急の問題である。しかし、同時に予防にも力を入れて取り組んでいかなければ根本的な解決には至らない。それでは、高齢者虐待の根本的な解決のためにはどうすればよいのか。また、予防へ向けてどう取り組んでいくべきか。バイオエシックスの視座からの考察を行い、具体的提言をすることが本研究の目的である。

第1章 高齢者虐待とは何か
 本章では、まず高齢者虐待の概念について明らかにしていく。高齢者虐待の定義について、また虐待にはどのようなものが含まれるのかについて説明する。次に、高齢者虐待はなぜ起こるのか。その関連する要因について、過去の英米等における調査研究から得られている理論的な事柄について検討する。最後に、日本における高齢者虐待の実態とその特徴を把握するために、過去に行われた調査研究の概要をまとめる。そして、日本における高齢者虐待の問題点を明らかにしていく。

第2章 高齢者虐待に対する社会的認識とその背景
 本章では、まず、高齢者虐待が問題視されるようになってきた社会的な背景について述べる。次に、なぜ今まで深刻な問題として捉えられてこなかったのか。人々の虐待への認識とその背景について、主にエイジズムの観点から考察する。エイジズムと高齢者虐待の関係について検討し、高齢者を含めるすべての人がエイジズムを深く内在化していることによって、高齢者虐待を間接的または直接的に生み出し、維持し、隠蔽している仕組みを明らかにしていく。また、エイジズムを乗り越えるためには、どうするべきかについても考察する。

第3章 高齢者虐待問題への取り組み
 始めに、前章までのことを踏まえ、先行研究を参考にしながら、高齢者虐待問題への取り組みのあり方を検討していく際に重要となる視点を提示する。次に、具体例としてアメリカの取り組みの現状と今後の方向性を調べる。そして、日本における取り組みの現状、ならびに今後の課題と展望について、先の視点を踏まえながら検討していく。また、高齢者の人権の法的な側面についても検討する。

第4章 バイオエシックスの視座からの考察
 まず、バイオエシックスにおける四つの視座である、自己決定の視座、恩恵の視座、公正の視座、平等の視座から高齢者虐待の問題性を指摘し、それについて考察する。その考察の際に、四つの視座を総合的に機能させるための機動力である「想像力」が高齢者虐待問題に取り組むために重要であることを述べる。そして、高齢者虐待の根本的な解決へ向けた、人権運動、公共政策づくりの一環としてのバイオエシックス教育のあり方についても考察する。

終章 まとめと提言
 本章では、バイオエシックスの視座からの考察を踏まえ、以下のような具体的提言を行う。まずは、学校教育、専門家教育、社会教育へのバイオエシックス教育の導入を提言する。例えば、専門家教育については、資格取得後も継続して専門家としてのトレーニングを行うことと、それを高齢者虐待に関連する分野が一緒に協力して行うことを提言する。また、高齢者への虐待だけでなく、家庭内暴力一般 (子どもや配偶者などへの虐待) や施設内虐待などをトータルに扱うような視点を取り入れることを提言したい。具体的には、虐待を一般に扱うような相談機関の設置を提言する。


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