遺伝子操作における倫理的諸問題
-遺伝子診断と遺伝子治療をめぐって-

J94B010-9 伊沢玲子

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はじめに
 分子生物学は、すべての生物が営む生命現象のもとがDNAという物質に刻まれた生命情報にあることを明らかにした。このいわゆる遺伝的設計図は、先祖代々受け継がれ、それはいわばくじのようなものでそのなかにどんな素因が隠されていようとも私たちにはどうにもならないものとして受け入れるしかなかった。しかし現在、事態は大きく変わり、DNA研究の成果によって自然が35億年かけてつくりだしてきたものを変化させ、遺伝子を思いのままに操作する力を私たちはもとうとしている。重症の遺伝病を予防し、治癒させ根絶することができるかも知れないのだ。私たちはどこまで行くのだろうか。遺伝子操作技術は、人類にとって恩恵となりうるのだろうか。

第一章:遺伝子治療の現状
 遺伝子治療は、1990年に米国で行われて以来、日本でも成功例がでていて、急速に広まっている。遺伝病だけでなく、ガン、エイズ、といった難病の治療にも応用が期待されている。さらにこれまで体質的な病気とされてきた高血圧や糖尿病、肥満といった分野までカバーする「究極の医療」となる可能性がある。治療の影響が次世代まで及ぶ生殖細胞への治療は、各国でガイドラインによって禁止されているが、その歯止めがいつまで有効かには疑問が残る。ここでは、実際に遺伝子治療が行なわれている現状や、その規制について、諸外国も含めながら把握していく。

第二章:遺伝子治療の倫理的問題点
 遺伝子治療技術が、国家や個人の利益のために使われれば、遺伝的多様性は失われ、優秀な人間だけを残そうとする新たな優生思想に結びつく恐れがでてくる。病気だけでなく個人の望む身体的、知的特性を手に入れるために技術の開発が進めば、遺伝整形も可能になるかもしれない。遺伝子治療は、神の領域にまで踏み込む行為だとして非難の声もある。人類という種の壁を崩し、自然の多様性を失うことになったら、種の存続も危ぶまれるかもしれない。ここでは、遺伝子治療における倫理的問題を検討すると共に、生物学的影響にも言及していく。

第三章:遺伝子診断と選択的人工妊娠中絶
 遺伝子の異常が引き金になって起こる病気は多い。この異常を突き止め、こうした病気の予防や治療に結びつけようという技術が、遺伝子診断である。胎児の段階での診断は一般にも行われていて、生まれてくる子どもを選択できるようになっている。障害が見つかれば中絶すればいいという傾向が強まり、障害者の人権を否定することにもつながる。ここでは、遺伝子診断技術の発達やそれにともなう女性のライフスタイルの変容や胎児の権利の保護について検討する。

第四章:遺伝子診断の倫理的問題点
 遺伝子診断によって、個人の遺伝情報が明らかになると、それによって雇用や保険加入に影響がでてくる。保因者への差別や、診断結果の秘密保持というプライバシーの問題、遺伝カウンセリングの充実といった社会的、倫理的問題を考えていかなくてはならない。遺伝子診断の技術が発達しても、未だ治療法のない病気も多い。ヒトの運命に関わることの一覧表ができたら、予告された人生を私たちは生きることができるだろうか。ここでは、出生前診断以外の遺伝子診断も含めて遺伝子診断の実際あるいは予想される問題を検討する。

第五章:遺伝子操作技術の応用と社会への影響
 遺伝子操作技術は、犯罪捜査や農作物の品種改良、生物兵器など、各方面で応用されている。これらの技術は、一部の集団の利己的な目的のために利用されれば、人類全体には取り返しのつかない損害をもたらすことにもなる。私たちはできるからといって、技術のすべてを使う権利があるのだろうか。ここでは、今まで見てきた遺伝子治療、診断を含め、遺伝子操作技術全般の倫理的問題を考察し、この技術の際限なき応用に警鐘をならす。

終わりに
 私たちは最新の知識を前に、かつてないほどの選択を迫られ、新しい責任を負わなくてはならない。人類が完全でないことを受け入れ、謙虚に進むべき方向を考えていかなくてはならない。 


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