修論「高齢者ケアに関する政策決定過程をめぐるバイオエシックス的考察」注釈
(第1章:高齢者ケアをめぐる価値の多様性とバイオエシックス適用の可能性/1-1. 高齢者ケアをめぐる価値の多様性)
8 永田久美子:1998,「高齢者の自己決定 - ケアの立場から」,『老年期における自己決定のあり方に関する調査研究』, 国際長寿センター, 東京, p. 44
9 同上, p, 44
10 同上, p, 44
11 薄井坦子:1997,『科学的看護論』, 日本看護協会出版会, 東京, pp. 106-108
12 小島操子, 金川克子編:1991,『標準看護学講座28巻 老人看護学』, 金原出版, 東京, p.3
13 同上, p. 4
14 木下康仁;1993,『老人ケアの人間学』, 医学書院, 東京, pp. 113-120
15 小島操子, 金川克子編:Ibid., p. 3
16 薄井坦子:Ibid., p. 107 同書では、看護過程の基幹用語の一つとして「人間」をあげ、本文中の概念規定を提示した上で、さらに、これを人間としての共通性を捉えた概念として「生物体」と定義した。なお、同書によれば、ここにいう「認識」とは、脳細胞の生理面・精神面の二重のはたらきを前提に、精神面を「まるごと」とらえた表現とされる。本文中においては、筆者もこの概念定義に従って議論を進めていく。
17 小林冨美栄監修:1987,『看護学総論』, 金芳堂, 京都, pp. 298-299
18 この分類は、高齢者ケアにおける過去から現実までの時間軸と、身体から非身体までの観念軸の中心と捉えた場合の当事者の「主観」の変容を推論するために、木下康仁:1993,『老人ケアの人間学』, 医学書院, 東京, pp. 113-120において論じられている「ケア個人情報の分類モデル」に準拠したものである。
19 George L. Maddox 編, エイジング大事典刊行委員会監訳:1987,『エイジング大事典』, 早稲田大学出版部, 東京, pp. 217-219
20 同図は、木下康仁:Ibid., p. 115掲載の図2「ケア個人情報の分類モデル」をもとにして、筆者が改作したものである。
21 なお、George L. Maddox 編, エイジング大事典刊行委員会監訳:Ibid., p. 219 によれば、「加齢が変化をもたらす領域においては、自己概念も変化し、そうでない領域においては、安定を期待するということはもっともなこと」であり、且つ、自己概念については「原因 - 結果の関係や年齢に関係した '移行' が実際に生ずるのかどうかについてさえ、まだ推測をしてゆかなければならない状態」であるとされる。
22 同上, p. 35 なお、同書によれば、「これらの欲求は行動を起こす強さによって一定の順位を持ち並んでいる」とされた上で、「最も強い欲求が満たされると次の強さを持つ欲求が現れ、満足を求める」と述べられている。本論においては、欲求の「強さ」の次元からではなく、ケアの前後において当事者に生じる欲求を構成する主観の側の「価値意識」の次元から、何らかの価値観が形成され、それによって、自己の行動に一定の方向付けを与える「自己決定」に結び付いていく過程を考察しようとするものである。
23 小林冨美栄監修:Ibid., p. 35 同書によれば、「人間は心理的に極めて複雑な存在であるが、この人間の欲求や行動には、多くの共通点が見出せる」とされているが、本論においても、その前提に立って「個の価値意識」の中に「集団の価値観の多様性」に共通する一定の概念構造を推察しようと試みるものである。
24 同上 p. 35 表4-3より
25 同上, p. 35
26 亀山純生:1989,『人間と価値』, 青木書店, 東京, pp. 168-180
27 同上, p. 173 なお、同書によれば、これら「三契機」あるいは「三要素」によって、人間の価値意識の土台としての欲求が捉えられ、この区別は「価値評価のロジックないし形式からなされているので、価値の内容から見ると重なり合うことがあるという点に留意すべきである」とする。例えば、「貨幣」は内容からいえば手段的価値であるが、同時に、所有欲の対象として欲求的価値でもある。また、「隣人を助けること」は内容的には規範的価値であるが、それが行為者個人の「思わずせずにはいられない」といった生来の心理状況でなされる場合には、同時に欲求的価値でもあるといえる。一般的にいえば、内容上すべての種類の価値は欲求的価値となり得るが、形式上ないし評価ロジックからは3種に区別できるということである。
28 永田久美子, Ibid, p. 45
29 同上, p. 46
30 大友英一, 中島紀恵子:1992,『老人看護学』, 真興交易医書出版部, 東京, p. 423 なお、同書によれば、「看護の本質は生命や快適な生活にプラスにはたらくもの (克服要因) を見出し、それを増長させることによって脅かすものの存在を消滅させていくことである」とした上で、「'完治' が期待できないぼけの老人看護では、この本質と具体的援助方法との間に解離があってはならない」と述べられている。
31 同上, p. 424 なお、同書によれば、痴呆性老人への具体的援助の計画は、「老人のいまの生活行為それ自体を解読しようとする援助者の感応的交流にはじまる」- つまり、「患者に 'そう言いたかった' 'その答を知りたかった' と反応されるような感応的交流によって、真に欲している患者の願いが解読され、同時に援助の手だてが組まれる」とした上で、「知識や客観的評価ならびに生活歴などの情報は、 老人自身のおりなす克服過程の力量のとらえ (評価) があった時に、より深く理解されていくものであり、その時にこそ具体的援助は一貫性を保って進められる」と述べられている。