■ヒューマン サイエンス (早稲田大学人間総合研究センター), 10 (1), 1997., pp. 45-50.
生命医科学技術の展開と公共政策
-バイオエシックス研究プロジェクトの回顧と展望-
木村利人 (早稲田大学人間科学部教授)
本研究プロジェクトは、すでに国際的に幅広く展開されているバイオエシックスの理論と実践のための、日本における最初の共同研究組織の、超学際的な形成を意図して企画されたものである。1988年におけるプロジェクト発足にあたっては「生命医科学技術における人間の価値観と政策過程」の研究が中心課題となり、国内的・国際的なネットワーク展開の中で、バイオエシックス公共政策への具体的な提言を行うことも目的の一つであった。
この9年間の研究活動を振り返ってみると、発足当時に意図された本研究プロジェクトの学問的・実践的課題の多くは豊かな実を結びつつあり、さらにその後新たに生じつつある課題に向けて、これからも学問的研究とシンポジウムや公開セミナーなどの実践的なさまざまの対応をしていきたいと考えている。
現在の研究員は次の7名 (五十音) で、牛山積 (民法/環境法・法学部)、浦川道太郎 (民法/PL法・法学部)、木村利人 (バイオエシックス/人権論・人間科学部)、曽根威彦 (刑法・法学部)、富永厚 (哲学/倫理思想・文学部)、土田友章 (宗教倫理学/仏教思想・南山大学・客員)、仁志田博司 (周産期医学/医の倫理・東京女子医科大学・客員) の各教授である。なお、本研究プロジェクトには森川功助手 (英米法/バイオエシックス) が在任し多大な貢献をしてきたがその任期を終え、1997年4月からは掛江直子助手 (バイオエシックス) が三年の任期で就任し、本研究プロジェクト専用の研究実験室 (630号室) が今年度から設置されたことと相まって、今後の本研究プロジェクトの研究活動の推進に大きな期待が寄せられている。
上記の専任・客員研究員および助手による緊密な研究協力体制のもとに、本研究プロジェクトはその目的達成のために継続的な研究と具体的なプロジェクトの推進を蓄積し次のような成果を上げてきている。初めにそれらの研究活動内容と、それに関連して本プロジェクトが主催・共催した学会や国際会議・シンポジウムなどの関連プログラムについて各年度に沿いながら概要を報告し、さらに現在に至るまでの研究成果の出版・刊行の状況を述べ、最後に今後の本研究プロジェクトの未来を展望してみたい。
本研究プロジェクトで取り上げてきた研究テーマは、プロジェクトが開始された1988年度から現在に至るまでにだいたい三つに概括できる。
第一はバイオエシックスとマスメディアをめぐる諸問題、第二は臨床医療におけるインフォームドコンセントおよびビジネスエシックスの課題、第三はバイオエシックス公共政策の形成と先端生命医科学技術・環境問題である。いずれのテーマをめぐっても定期的な共同研究集会は主として本部にある人総研分室で開催し、時に応じて所長やプロジェクト所属客員研究員のご配慮により所沢の人総研所長室、東京女子医科大学会議室、南山大学社会倫理研究所などでも研究集会を持つことができた。さらに、第6回日本生命倫理学会年次学術大会や国際バイオエシックス・シンポジウムなどは本学の国際会議場で、また日独バイオエシックス会議はヨーロッパセンター (ボン) などで開催できたのはたいへんに意義あることであった。ここに国内および海外の関係者、大学当局による本研究プロジェクトへのご支援に対し心からの謝辞を述べたい。
(1) バイオエシックスとマスメディアをめぐる研究課題 |
この研究テーマについては、報道・情報の自由と開示、マスコミによる自己規制、患者-医師関係のあり方と患者の権利、専門家の守秘義務、健康情報の管理、安楽死をめぐる情報とプライバシーなど多くの法的・社会的・倫理的問題点が考察の対象となった。
本研究プロジェクトでは、これらの研究活動の蓄積の上に立って、国の内外の専門家による学問的対話と、一般の人々への学問的な情報の提供を意図して「生命倫理とコミュニケーション」国際セミナーを1989年1月21日に小野梓記念講堂において人総研主催により開催し、約150人の参加者があった。本研究プロジェクト研究員による問題提起 (牛山・総括、曽根・生命倫理における刑法的視点、浦川・生命倫理における民法的視点、土田・バイオエシックスと文化の構造、木村・バイオエシックスの歴史的背景) と発言内容、討議の要約はドイツ・ルール大学のザス教授、アメリカ・ジョージタウン大学ケネディ倫理研究所のクライドマン教授の公開講演要旨とともに人総研紀要の「ヒューマンサイエンス」の特集号 (第3巻第1号) として公開されている。これを見てみると、現在の時点で話題となっているバイオエシックスとマスメディアの多くの理論と実践上の問題点がすでに今から8年も前に幅広くかつ具体的に指摘されており、それらが当時はまったく行われていなかった一般市民を対象とするこのような公開のバイオエシックス国際セミナーで討議の素材となるなど、本プロジェクトの先駆性が明らかとなろう。
(2) 臨床医療におけるインフォームドコンセントおよびビジネスエシックス |
本研究プロジェクトの発足以来、日本の臨床医療と看護の現場に、かなり根強く残存するパターナリズムをどのように変革に導くかが研究員の実践的な研究課題の一つであった。いうまでもなく、WHO等の国際機関を初め欧米の医療先進諸国では「インフォームドコンセント」の概念が、社会的、法的、倫理的に定着し十分な説明に基づいた同意が医療と看護の現場で日常的に行われている。本研究プロジェクトでは、各研究員の学問的な専門分野の研究に基づきインフォームドコンセントの研究調査を行い、これを専門研究者および一般参加者をも加えての早稲田大学国際バイオエシックス・シンポジウムを1991年夏に開催する方向に結び付けることへの提案がなされた。
これらを踏まえつつ、1980年度は初めての試みとして国際的なバイオエシックス研究の中心である米国ジョージタウン大学ケネディ倫理研究所と共催でバイオエシックス集中セミナーを開催し、同大学医学部のハントリー教授によるバイオエシックス教育、ライク教授によるバイオエシックスにおける苦悩と共感についての講義と討議が行われ、25名の研修コース出席者にケネディ倫理研究所から修了証が授与された。これらの講義の要約は新しくこの年度から刊行された「国際バイオエシックス・ネットワーク・ニュースレター」に掲載されている。
ここで特記すべきことは、この「ニュースレター」が日本で最初のバイオエシックス情報メディアであり、研究活動報告や国際的なバイオエシックス関連情報を掲載し、現在約300名の読者に配布・購読されているということである。
また、これも日本での最初の企画としてケネディ倫理研究所における、世界的なビジネス・エシックスの権威であるビーチャム教授を迎え、「日本ビジネスエシックス・セミナー」を開催した。ビジネスにおける倫理問題の具体的事例を手掛かりに、日米のビジネス慣行の問題点を探り、特に日本の企業行動の特殊性を国際的見地から検討した。このセミナーへの参加者は主として建築、出版、製造、サービス、製薬、弁護士、弁理士・特許事務所などの企業の経営者や管理職・専門職の方々であり、きわめて好評で例年の開催を望む声も多かったが、その後本研究プロジェクトとしては、その研究の内容を生命医科学に関連するバイオエシックスの問題に重点を絞ってきたので、引き続いての開催は見合わせてきた。しかし金融業をはじめ日本の企業行動の倫理が国際的・国内的に厳しく問い直されている今こそ、このようなビジネスエシックス・コースも必要となろう。
1990年度にはかねてから研究を蓄積してきた、臨床医療の現場でのバイオエシックスをめぐる決定の法的・社会的・倫理的問題を、特に重症の遺伝的奇形の事例研究を手掛かりに考え討議するセッションを、仁志田教授 (客員研究員) の企画とご配慮により、東京女子医科大学で開催することができた。本研究プロジェクト研究員をはじめ臨床現場の医師、看護婦、社会福祉士、法律専門家、宗教家など約20名の参加者により、患児の病状についてスライドで説明を受け、医学的、法的、社会的、倫理的な問題点としてインフォームドコンセントとの関わりを取り上げ、その選択肢と治療停止の可能性や両親の決定と医療側の決定との差異について真剣な討議が行われた。この特別研修集会の方式はその後本研究プロジェクトのモデルとなり、臨床の現場での問題提起や討論が繰り返し行われる素地が作りだされ、ひいては人間科学部と東京女子医科大学の学生による共同バイオエシックス・ゼミや大学院学生の研修プログラムへと展開していくことになった。これはある意味で、本研究プロジェクトが作り出したインターカレッジのバイオエシックス教育学習という点で、きわめてユニークな成果であると評価されよう。
さらに、この1990年度には、本研究プロジェクトにより人総研主催での注目すべき公開講演会が、いずれも脳死をめぐって行われた。特に5月22日に小野梓記念講堂で開催された「なぜ死の定義は必要か」をテーマにした公開講演においては、米国・ジョージタウン大学ケネディ倫理研究所のヴィーチ教授が、日本のような伝統的文化の根強い国では「脳死を含め死の定義には個人の倫理的な選択の自由があって当然」との見解を示し、米国・ニュージャージー州での脳死立法における、ユダヤ教徒の本人や家族による「脳死拒否権」条項立法のバイオエシックス的背景について述べた。これに対して本研究プロジェクトの研究員からは、死の定義を個人の選択にまかせた場合に生ずる法的整合性の問題について疑義が出るなど、活発な学問的討議と対話が行われた。それから7年を経た本年1997年6月には、同教授の基本的な考え方に沿った脳死・移植立法が国会で成立したわけであり、バイオエシックスにおける比較文化的な考察に先鞭をつけられた同教授ならではの推論と炯眼に教えられるところが多い。また、1991年1月に開かれた本研究プロジェクトにより早大本部で開催された第2回「バイオエシックスとコミュニケーション」公開講座において、米国・ウィスコンシン大学のダン・ウイックラー教授は、脳を基準とする死の定義が国際的に受け入れられるようになった歴史的背景と、公共政策、特にバイオエシックスの立場から移植立法の必要性について述べた。当時日本ではほとんど移植に関する立法論議が具体的に進展していなかったことから、約150人の参会者に大きな衝撃を与えたことが印象に残っている。
1991年7月19日から21日にかけての3日間、前述の臨床医療と看護におけるインフォームドコンセント研究プロジェクトに沿って準備を重ねてきた本研究プロジェクトによる人総研主催での国際シンポジウムが「患者にとって医療とは何か」を主題にして早稲田大学国際会議場において開催された。この国際シンポジウムは、バイオエシックス関連の国際会議としてはそのテーマの重要性と多様なアプローチ、全体会議や分科会での参加者の積極的な発言と貢献、そして国際的にバイオエシックスの最高権威とされる招待学者の講演など、その規模や3日間で6か国から延べで約1000人を超える方々の参加があったといった観点からも、日本における最初の画期的な試みとしての成果をあげることができ、マスメディアでも大きく報道されるなど、注目を浴びた。
当時の日本医師会・羽田春免会長の問題提起に始まり。聖路加看護大学・日野原重明学長、ジョージタウン大学・ヴィーチ教授およびテイラー教授、エール大学・ルヴァイン教授、シカゴ大学・シーグラー教授等海外と国内から多くの専門家を迎えての3日間のシンポジウムは小山宙丸総長 (当時) の閉会挨拶をもって終わりを告げた。米国におけるインフォームドコンセントの歴史、倫理委員会の理念と構成、看護の倫理、モデル倫理委員会のデモンストレーションやグループ討議の内容など、その全容を伝える216ページの会議録が刊行されているので、詳細についてはそれを参照されたい。この国際シンポジウムの成功とシンポジウム報告書の刊行により、本研究プロジェクトも一段と実りある研究成果の蓄積が可能になったことは喜ばしいことであり、その後も臨床と看護の現場におけるバイオエシックスとインフォームドコンセントの課題を継続的な研究テーマの一つとしてきている。
なお、現在この国際バイオエシックス・シンポジウム報告書の残部が少量あり、送料各自負担のみでの配布が可能なので、希望者はぜひ本研究プロジェクト宛に申し出ていただきたいと願っている。
(3) バイオエシックス公共政策の形成と先端医科学技術・環境問題 |
本研究プロジェクト発足以来の研究の焦点の一つは、バイオエシックス公共政策および先端医科学技術・環境問題であり、着実に定例研究会および公開講演会などを開催してきた。研究員による定例報告会でのテーマとしては、ヨーロッパの統合とバイオエシックス公共政策 (木村)、脳の可塑性の可能性 (仁志田)、周産期医療をめぐる刑法上の問題点 (曽根)、ヒトゲノム解析と法的コントロール (浦川)、予研問題とコミュニティ (富永)、環境問題の現在と法 (牛山)、バイオエシックスと環境問題を考える (土田)、臨床の場における医療資源の配分 - 臓器移植におけるレシピエント選抜の場合 (森川助手) などがあげられる。また、公開講演会のテーマと講師としては、米国における医療情報のアクセス権 (アーカンソー大学・レフラー教授)、死と死の過程をめぐる諸問題 (サウザンメイン大学・ギャヴィン教授)、欧米のバイオエシックスとポストモダンの世界 (ベイラー医科大学・エンゲルハート教授)、Advance Directives の日米独比較研究 (ジョージタウン大学・ヴィーチ教授)、米国医療のジレンマ - 医療・経済・倫理 (インディアナ大学・ロッドウィン教授) などであった。
この間、本研究プロジェクトによる1991年の国際バイオエシックスシンポジウムの成果に続いて、国内的にも大きな期待を持って準備を蓄積してきたのが第6回日本生命倫理学会年次学術大会の早稲田大学における開催であった。1994年の10月1日・2日の両日にわたって開催されたこの学術大会は、本研究プロジェクトが受け皿となり開催に向けて研究員が全員毎月一回開催された大会実行委員会および拡大組織委員会に、委員として参加し大会プログラムの企画と運営にあたった。大会当日は、会長 (木村) や司会 (浦川、曽根)、座長 (土田、仁志田) など本研究プロジェクト研究員が重要な役割を果たし、牛山人総研所長 (当時) が早大当局を代表して歓迎の挨拶を述べるなど早大国際会議場に集った2日間で延べ約980人の参加者にきわめて好評であった。
特に、第6回学術大会のテーマが、本研究プロジェクトにより発足以来研究の蓄積を重ねてきた「バイオエシックス公共政策の形成をめざして - 研究・運動・教育」として決定されたことは、本研究プロジェクトにとってはもちろんのこと、日本の学会にとっても重要な意義を持つものであり、学問としてのバイオエシックスのルーツともいうべき「いのちを守り育てる社会・市民運動」のワークショップは注目を集めた。
本研究プロジェクトが、バイオエシックス公共政策をめぐって提言してきたバイオエシックスの基本原理「公正」、「公平」、「公開」、「参加」、「平等」などの理念に沿って運営された本大会においては、会員はもとより会員以外の一般の人々にも開かれた参加、報告、討議、発言が活発に行われた。特に本プロジェクトが主張してきた学生会員のイニシアティヴによる「学生の研究発表セッション」が、初めて企画・実施され、これが契機となり「バイオエシックスを考える学生の会」が結成され、現在に至るまで活発な活動が行われていることもこの早大での学会開催の成果の一つとして付記しておきたい。このように本研究プロジェクトの全面的協力とリーダーシップにより達成されたこの学術大会の詳細な内容は、日本生命倫理学会誌 (第5巻第1号, 1995年4月) に報告されている。
1995年度には、本研究プロジェクトはヨーロッパの統合に関連する本学のボン研究プロジェクトと共同して、先端医科学技術で特に注目を集めている遺伝学と生理学に焦点を合わせた法的・社会的・倫理的問題をめぐる日独バイオエシックスシンポジウムを開催した。ドイツ側のフライシャワー・ボン大学元学長、ホンネフェルダー教授との詳細な打合せの結果1995年6月29日および30日に、本研究プロジェクトにとっては初めてドイツで国際シンポジウムを共催するという画期的な出来事が可能となった。2年にわたるこの準備の過程で、ボン研究プロジェクトによる共同研究者として人間科学部の小室輝昌教授・山内兄人教授による研究会やボン大学のクルクセン教授・ホンネフェルダー教授によるバイオエシックス研究会を、本学の学術情報センター会議室等で開催してきた。
「遺伝学と生理学 - 生命医科学的・社会法学的・バイオエシックス的アプローチ」をテーマにしたこの日独シンポジウムは、世界の第一線をいく有数の国際的研究者の参加により大きな学問的対話の成果を上げることができ、その研究報告の一部はすでに国際バイオエシックスニュースレターに掲載されている。会議参加者はボン大学からフライシャワー (解剖学)、プロッピング (遺伝学)、ハインツ (労働法)、ホーネッカー (宗教倫理)、クルクセン (哲学/中世思想)、ホンネフェルダー (バイオエシックス) の各教授、それにルール・ボッフム大学ザス (哲学/バイオエシックス)、マックス・プランク研究所コッホ (刑法) 両教授、ドイツ・ユネスコ委員会会長カシニウス博士であった。日本側からの参加者は西原 (刑法/早大ヨーロッパセンター館長)、浦川 (民法)、小室 (解剖学/生理学)、山内 (生理学)、仁志田 (周産期医学/医の倫理)、木村 (バイオエシックス) の各教授であった。
このシンポジウムでは、先端生命医科学研究と臨床の場面においてバイオエシックスの視座からの実践的で制度的・法的な取り組みが全ヨーロッパにおよぶスケールでなされていることが確認できた。特にホンネフェルダー教授による報告で指摘された「ヨーロッパ・バイオエシックス規約」が、同教授の予想のように2年後の本年4月にはスペインで調印され「人権と生命医科学」に関する CE (欧州評議会) として発効したことは注目される。このシンポジウムでの対話を通して、バイオテクノロジーや生命医科学技術の国際的な技術移転、種の多様性の保護、知的財産の保護、環境の保全などの具体的な問題をはじめ、今後はヒトゲノム解析、遺伝子治療、生殖医療技術、臓器売買など数々のバイオエシックスの課題が「基本的人権」の擁護との関わりでアジア地域においても制度的に整備されるべきことの必要性が認識された。
1996年度には、ジョージタウン大学ケネディ倫理研究所のパワーズ教授 (バイオエシックス/法学) を迎えて、本研究プロジェクト特別研究集会「エイズと血液製剤 - アメリカでの展開と対応」(本部・人総研分室) および公開講演会「エイズをめぐる法的問題 - プライヴァシーの権利について」(所沢・人科) が開催された。さらに、引き続きシヴァスブラマニアン医学部教授 (新生児学/バイオエシックス) による特別講義「小児医療とバイオエシックス」(所沢・人科) も行われた。本研究プロジェクトによる教育プログラムの一環として所沢キャンパスの人間科学部学生・人間科学研究科大学院生にも講義、ゼミ、公開講演などでパワーズ教授、スブラマニアン教授にご協力いただくことができたのはおおいに有意義であった。
今年度に入ってからは、第1回の定例研究会では、研究活動の現状と国際学会報告 (仁志田、木村両研究員) および社会調査と倫理に関するジョイント・シンポジウムにおける問題点の整理、第2回の定例研究会では薬害をめぐる倫理問題 (掛江助手) についての報告と討議が行われた。なお、人間発達と社会変動研究プロジェクトと本研究プロジェクトとの共同シンポジウムは、人総研開設10周年を記念して人間科学部・所沢キャンパスで去る6月7日に開催された。特にバイオエシックスの視座からは人科卒業生から個人情報収集をめぐる「同意」、「情報の管理」、「研究成果の発表に伴うプライバシーの保護の保証」などの問題が取り上げられ、プロジェクト代表の正岡寛司教授をはじめ研究報告者からのコメントおよび被調査者である参加者との間での活発な質疑応答が行われた。このような人総研内の研究プロジェクト間での学問的交流と対話、被調査者を含む研究集会はきわめてユニークなものであり、「このような試みは、今後も継続していくことが望ましい」と述べた嵯峨座人総研所長の考えに賛意を表したい。
以上、この9年間の本研究プロジェクトの研究活動の内容と関連プログラムの概要をまとめてみたが、これらの活動についてはほとんどすべて本研究プロジェクトの発行する国際バイオエシックスネットワークニュースレターに報告されていることを付け加えておきたい。
すでに述べたように1989年7月以降、本研究プロジェクトにより「国際バイオエシックスネットワーク」ニュースレターが刊行され、本年7月の第25号をもって総ページ数は約300ページとなった。本研究プロジェクト研究員はもちろん、バイオエシックスに関心を持つ内外の研究者や医療・看護の専門家にも投稿いただいたり、海外のバイオエシックス最新情報、判例紹介、図書・資料・会議の情報などバイオエシックスの時代に即した展開に相応しい記事を掲載しており、その内容の迅速性、有用性、多様性などが注目されている。残念ながら本報告では執筆ページ数に限度があるのでその掲載内容の詳細について記載するわけにはいかないが、号数によっては残部もあるので配布を希望する方々からの問い合わせを歓迎する。
その他、研究活動報告および関連プログラムの項でふれた早稲田大学国際バイオエシックス・シンポジウム報告書「患者にとって医療とは何か - 臨床医療と看護の現場から」(216ページ) は1992年に刊行されている。
また、本研究プロジェクト研究員のすべては関連研究テーマにつき、内外の専門学会誌などに研究の発表を行っている。本学の学術年鑑等で各年度の研究業績を参照されるよう願っている。
国内や海外のバイオエシックス研究と教育・実践活動のネットワークの形成の中で、さらに一層の情報交換や人的交流の必要性も増大しつつある。この点で、本研究プロジェクトがバイオエシックス研究活動の日本における重要な研究拠点の一つとして国際バイオエシックス研究一覧 (ジョージタウン大学ケネディ研究所刊) に記載され、その評価が確立しているのは喜ばしいことである。特に、本研究プロジェクトは大学研究機関の設置にかかる日本で最初の組織的なバイオエシックス研究プロジェクトとしての使命と責任を自覚し、さらに大きく21世紀に向けて研究活動を展開させていきたいと願っている。
今後の本研究プロジェクトの重要テーマとしては次のものがあげられている。
1) 学際的な共同研究にとって根本的な問題ともいえる「バイオエシックスと自然観・生命観・法律観」などとのかかわりでの Advance Directives をめぐる国際的比較研究
2) 病気・健康概念の変容と文化 (現に発病していなくても遺伝スクリーニングなどによる癌などの素因となる遺伝子の保因者と診断され差別される可能性)
3) ヒトゲノム解析と遺伝子治療・診断のバイオエシックス
4) 社会学的・心理学的調査研究におけるバイオエシックス的問題点
5) バイオエシックス公共政策と教育のあり方をめぐる提言
6) 末期ケアにおける患者の自己決定 - 音楽療法とアロマ・セラピーにおけるバイオエシックス的視座
これらはいずれも現在までの本研究プロジェクトによる研究活動の蓄積を踏まえて、さらにその研究の推進が意図されているテーマである。今後も日本におけるバイオエシックス研究の積極的な展開のために着実な研究活動と関連プログラムおよび出版活動が行われる予定である。この点に関しては、今年度から、従来の研究成果のまとめをモノグラフ・シリーズとして刊行することも検討中である。
また、現在インターネットによる日本のバイオエシックス・ホームページは早稲田大学人間科学部のバイオエシックス・ゼミ (http://kenko.human.waseda.ac.jp/rihito/) だけであるが、早稲田大学人間総合研究センター・バイオエシックス研究プロジェクト独自のホームページを今年中に作成するための準備に入った。これにより発足から現在に至るまでのすべての本研究プロジェクトの活動記録やバイオエシックス関連ニュースなどがインターネットを通し誰にでも容易に、また直ちに閲覧できるようになることを願っている。
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