■生存科学 (生存科学研究所), Vol. 2, No. 2, 1992. 3., pp. 3-11.
Prof. Rihito Kimura wearing a smile

地球化時代のバイオエシックス
- 難民の健康及び医療と日本の役割 -

BIOETHICS FOR THE GLOBAL ERA
- Refugee's Health Care Issues and the Role of Japan -

木村利人 *
Rihito Kimura

Abstract :

Japan contributes a great amount of funding for many international refugee organizations such as UNHCR (US $ 72 million in 1989), UNBRO (US $ 27 million in 1989), UNRWA (US $ 16 million in 1989) and ICRC (US $ 15 million in 1989). However, Japan's rigid immigration policy of unwillingness to accept refugees has been internationally criticized. Japan reluctantly ratified "The United Nations Convention relating to the Status of Refugees" (1951) in 1982. Relevant domestic legal amendments for social security benefits etc. for refugees and foreign residents in Japan have been made since that year.
Japan needs to have more open domestic and international policies toward such things as emerging refugee issues focusing particularly on their health and medical service needs and migration of foreign labor power.
The Japanese accumulation of experience in human resources in the developing aids program since 1960's is not yet ample. The use of these experts in GOs and NGOs for the work of refugee services should be strongly encouraged as an expression of Japanese contributions to the global community.
In the International Symposium on Health Care for the Displaced Persons and Refugees, organized by Georgetown University together with UN, UNHCR, WHO, ICRC, and PAHO, the author who was a panelist in the plenary session and resource person in the group session proposed three bioethical perspectives to be applied in the field of refugee health care services :
1. Respect for the refugee's cultural and value system and recognition of the importance of "supra-interdisciplinary" bioethical approach in health care problems are needed. Staff experts should be strongly encouraged to acquire language skills necessary for successful health communication.
2. Bioethical principle of autonomy should be secured for each refugee and assistance for independent living in a community should be systematically arranged through national and international codes of standard for the protection of human rights.
3. Bioethical analysis of just distribution of medical and human resources must have priority reviews including the participation of the refugees themselves. Relevant medical, social and legal reform in a community for the care of refugees as well as foreign workers should be done as soon as possible.

Key Words :

Refugees, Refugee Health Care, Medical Services, Bioethics, United Nations, UNHCR, WHO, NGOs, Human Rights, Migrant Workers, Undocumented Aliens, Japan.

キーワード :

難民, 難民ヘルスケア, 医療, バイオエシックス, 国際連合, 国連難民高等弁務官事務所, 世界保健機構, 非政府機関, 人権, 移民労働者, 資格外滞在外国人, 日本


はじめに

 本稿では今までバイオエシックスの視座からほとんど論じられてこなかった「難民の医療と健康」についての問題点をとりあげたい。その分析を通して地球化時代における地球共同体の一員としての日本の役割と問題解決への糸口を探ってみたい。
 陸路、空路、海路と国境を越えて人々は自由に行き来し、世界の諸国からの数々の商品がそれぞれの異なった国々に行き渡っている。
 ある意味で現代ほど「ヒト」と「モノ」の動きが激しい時代はかつてなかったと言えよう。地球化時代を迎えて世界はますます小さくなりつつあり、人々と商品の自由往来を押し止めることはほとんど不可能であろう。

I. 地球市民としての難民の受け入れ

 国の内外を問わず、旧来の政治、経済、法、社会等の制度的枠組や価値観では対応できないほどに激変しつつある地球化の時代に私たちは生きている。
 わが国にしても、外に向けては極めて開かれた輸出大国ではあっても、内にあっては数多くの日本人論に見られるようにまだまだ鎖国的発想から抜け出せないとして、米国をはじめとする世界の諸国からその社会や市場の閉鎖性を批判されているが、その批判にはそれだけの理由がある。
 日本が開かれた世界の国々のマーケットに入り込んで多くの収益を上げているにもかかわらず、日本国内には国益や特別の事由により特定の外国製品を事実上入れないようにしているのは否定できないことなのである。「モノ」の売買や輸出入についての論争は理論的に政策上の対応をすることにより決着させるべきであろう。
 一方、政治的、社会・文化的、経済的事由に基づく「ヒト」の自由往来、避難、定住、就労に伴う受け入れなどについては、どの国もさまざまな課題に取り組んでいる。例えば、米国、カナダ、ドイツ、フランス等の先進欧米諸国は全体で約3000万人もの外国人労働者や約200万人の難民 (現在世界中の難民総数は約1800万人) を受け入れ、積極的にこれらの課題に対応してきた。これに反してわが国は、この点に関しては国際的な水準から見れば最も閉鎖的で、消極的な国の一つとして広く知られている。
 日本は難民受け入れ上位14ヶ国リストには勿論入っていない。トップのスウェーデンが国民78人につき1人で総計10万8315人、5位の米国が国民185人に1人で総計135万5858人、8位のフランスが国民302人に1人で総計18万6957人、14位のイギリスが国民4160人に1人で総計1万3797人の難民を1975年以降受け入れてきている 1)
 わが国の難民受け入れ定住枠は1985年以降1万人となっているので、日本国民1万2000人1人の割合で難民を受け入れることになっている。しかし、この程度の受け入れでは到底日本は地球共同体の一員としての責任を果たしたことにはなるまい。
 難民を含め在日外国人労働者を地球市民の一員として差別なく日本の社会に平等に受け入れるためには、私たち日本人の心情の中に根を張っている鎖国的発想からの根本的転換を図らねばなるまい。1951年に国連で採択された難民条約 (日本は世界の諸国中で極めて遅く81番目に批准) と議定書が1982年にわが国で発効するにあたり、日本国籍が要件から外され、国民年金への加入や児童手当給付が在日外国人にも認められたことに示されているように、今こそ政治的、法的、社会的に様々な分野での発想の転換が求められているのである 2)
 地球化時代の地球市民としての発想とその実践こそが地球共同体の中で世界の諸国民と支え合って生きていくべき私たち日本人の生存を保障し、その責任を充分に果させるということがますます明らかになりつつある。

II. 難民救援と日本の財政的・人的資源の問題

 国際難民救援活動等へのわが国の財政的貢献は、例えば、国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR: office of United Nations High Commissioner for Refugees)国連国境救援活動 (UNBRO)、国連パレスチナ難民救済事業機関 (UNRWA: United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East)赤十字国際委員会 (ICRC: International Committee of the Red Cross) 等への援助額全体に対する国別の割合から見れば、必ずしも小さいものではない。UNBRO (タイ・カンボジア国境地帯での UNHCR のカテゴリー外の国連による避難民救援活動) へは一位、UNHCR へは米国に次いで二位、UNRWA へは三位、ICRC へは五位などと上位を占めてはいる。しかし、国際的な経済力からすればまだまだ充分ではないと言われている 3)
 確かに、1990年の統計では日本国民一人当たりの難民救援支出は米貨0.54ドルで世界13位となっている。これはノルウェーの12.03ドル、他のスカンジナビア諸国 (スウェーデン、フィンランド、デンマーク) の約7ドル平均、スイスの4.36ドル、オランダやカナダの約2ドル、米国やルクセンブルクの1ドルなどより遥かに低い。更にドイツ、イギリス、クウェート等の諸国の水準よりも下位にある 4)。このような状況に照らして、更に日本の経済力に見合った実質的に最も意義のある国際的貢献として、国民の世論の支持のもとに今後一層の増額が検討されるべきであろうと考えられる。
 更に大きな問題の一つに挙げられるのは、これらの難民救援活動などに相応しい国際的な人脈に支えられた人的資源の蓄積をわが国は決定的に欠いているということである。従って、海外の難民救援活動の現場でも、また国内の担当スタッフの配置と養成の面でも、わが国の実情が欧米先進諸国の幅広く厚みのある人的資源による活動のめざましさに比べて著しく見劣りしているのは残念なことである。
 ただし、日本国政府が1979年から医療チームをタイのカンボジア難民キャンプに派遣したり、民間医療ボランティア等がアジアやアフリカの難民キャンプで奉仕活動を行ったりしており、人数は必ずしも多いとは言えないまでも、わが国においてもある程度の人的資源の蓄積が行われつつある。
 また、開発途上国での教育、医療、農畜産業、漁業、土建等の協力活動を通しての国際協力のための人材養成がわが国においても1960年代から始まりつつあることも指摘しておかねばなるまい。それらの組織としては、国際協力事業団 (JICA: Japan International Cooperation Agency)青年海外協力隊 (JOCV: Japan Overseas Cooperation Volunteers)日本国際ボランティアセンター (JVC: Japan International Volunteer Center)日本保健協力市民の会 (SHARE)、日本キリスト教海外医療協力会 (JOCS: Japan Overseas Christian Medical Cooperative Service)日本赤十字社などが挙げられる。また、日本YMCAYWCA日本キリスト教協議会 (NCCJ) 関連団体などの宗教系の諸機関等も、加盟している世界教会協議会 (WCC: the World Council of Churches) の国連NGOの立場から海外での国際緊急援助・難民救援活動にスタッフを派遣し活躍してきていることは注目に値する 5)
 更に国内でも、これらの機関の活動ばかりでなく、カリタス・ジャパン曹洞宗浄土宗天理教立正佼正会日本キリスト教婦人矯風会女性の家 HELP などの多くの宗教系団体や地域住民による葦の会、難民を助ける会等、様々な民間組織や宗教団体も難民受け入れや外国人労働者の福祉のための活動に従事してきたが、欧米先進諸国に比べるとその数は極めて少ないと言わざるを得ない。

III. 難民の医療及び保健とバイオエシックス

 既に述べたように、急激な地球化時代の中で今までのカテゴリーに入らない様々なタイプの難民と健康の問題に私たちは直面している。
 元来、「難民」(Refugees) は、難民条約 (1951) の規定において、「人種、宗教、国籍、特定社会集団への所属、あるいは政治信条のいずれかが原因で、あきらかに迫害を受ける恐れがあるため国外に逃れて、自国の保護を受けられないか、又は迫害を恐れて自国の保護を望まない人」と定義されている 6)
 しかし現在では、「避難民/国内難民」(Displaced Persons) を含めて、より広義に「政変、戦争、内乱が原因で、出生国や育った所を離れなければならない人」と解釈されている。この方がより現実に合っていると言えよう 7)
 また新しい問題として出てきたのは、言うまでもなく「経済難民」で、特定国での貧困状態を逃れるための集団脱国 (偽装難民)、短期滞在予定の長期化、資格外就労の外国人労働者のあり方などが世界の諸国で大きな問題となりつつある。
 このような国際的状況をふまえて、1988年12月に世界で最初の「避難民 (国内難民) 及び難民のヘルスケアに関する国際シンポジウム」(以後「難民医療国際シンポジウム」と略称する) が国連WHOUNHCRジョージタウン大学等の共催で開かれ、筆者も報告者の一人として招かれ参加した 8)
 この「難民医療国際シンポジウム」で私はバイオエシックスの視座から次の三点につき難民救援スタッフへの問題提起をした。

1. 難民が帰属する特定の文化、価値観、倫理との関わりで健康・医療問題及び政策に超学際的なバイオエシックスの視座からアプローチすべきこと。スタッフは難民の使用言語に習熟すること。
2. バイオエシックスにおける「自己決定の原理」に基づき難民の人としての尊厳と自立への援助の重要性を認識すべきこと。特に宗教的背景への理解。
3. 医療資源の公正な配分を目指すバイオエシックスの原理に沿った難民受け入れ国の社会・医療システムの合理化。


 第一点に関連して、私自身がサイゴン滞在時に難民村を訪問したことや北部及び南部タイの村落に住み込んで村人達と一緒に潅漑工事作業等に従事した経験から明確に自信をもって言えることは、その土地の言語の習得なくしては協力も作業も満足行くようには達成されないということである。
 難民救援スタッフが医療、保健、看護、管理連絡業務などの専門分野のエキスパートであるべきことは勿論だが、通訳を雇って難民を対象とする仕事をせざるを得ないのが実情であろう。わが国からの専門家派遣のケースでは、全く特殊な例外を除いて、通訳を介さないコミュニケーションは事実上不可能ということになろう。
 しかし、この「難民医療国際シンポジウム」に出席していた欧米諸国の医療、保健、公衆衛生の専門家達のほとんどは、それぞれが取り組んでいるアジア、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパなどの難民救援活動地域の言語を自由に操れる人達であり、彼らにとってはそのことが常識であった。有能な専門家としてのキャリアーを持った豊富な人材の養成の制度と歴史の厚みをつくづくと感じさせられた。
 第二点に関しては、たとえ健康状態が悪化しても宗教的な理由から女性の患者が男性の医師にかかりたがらないといったことや、難民キャンプ内での部族対立が問題になるケースとして挙げられる。集団としての難民というよりも個々の人々の尊厳とニードに応えることが重要ではあっても現実には限られた資源と時間という制約がある。バイオエシックスの原理に沿ってのマニュアル作りの必要性があろう。
 なお、自立への援助は様々な国際的、政治的、経済的要因をふまえて考慮されねばならないが、出身国への帰還や難民受け入れ国への定住がスムーズであるような方策が求められている。
 わが国において改善が見られつつあるケースとしては、難民定住者自身が積極的に情報にアクセスでき、日本社会の中で自立して生きられるように地域社会のあり方を変える活動が地域の人々と共同して行われたことが挙げられる。例えば、多言語の回覧板によるお知らせ、難民家族への就学通知の徹底、保健、年金、諸手当等もわが国の地方行政の様々な改革を伴うことなのである 9)
 また、医療については難民や外国人労働者などを対象にしてインドシナ三国の言語や英、仏、西、韓、中、ポルトガル等の11ヶ国語の問診シートを作成している医療機関が栃木県にあり色々な国籍の人々が日本の各地から訪れている。この医療機関の医師自身がソマリアの難民キャンプやタイの難民キャンプでの医療奉仕の経験があるといったことから理解されるように、国外での体験が国内での難民や外国人労働者の医療・保健問題との取組に大いに役に立っているのである 10)
 勿論数は多くないが、このような外国人労働者の診察や治療に門戸を開く医療機関も生まれてきつつある。しかし、健康保険制度上の制限、言葉によるコミュニケーション、診察費の問題もあって、医療側も患者側も大きなジレンマに直面している。
 さて、難民の救援、医療及び保健に関わりを持つ以上の様々な問題点をバイオエシックスの原理に即して整理し直してみると次のようになろう。即ち、a) 難民医療における受療権と平等権の保障、b) 難民医療のための人的・財政的資源の公正な配分、c) 難民被救援国の文化と言語に習熟すべき難民医療・保健・救援などの専門スタッフ養成の恒常的制度の必要性、d) 難民医療と難民健康管理面における価値観、倫理、伝統、文化等の積極的再評価などとなろう。
 前述の1988年「難民医療国際シンポジウム」において協議され指摘された様々な項目を上記のバイオエシックスの原理に沿って私は次のようにまとめてみた。これらは「難民キャンプでの医療・保健プロジェクト」遂行にあたってのガイドラインともいえるであろう。

1. 最優先事項:
 食料、水、住居、衛生などを確保すること。
2. 健康の増進:
 難民の患者への臨機応変の治療処置のみでなく、より長期のスケールによる難民の病気予防、健康増進及び保健教育のための財政的措置を行うこと。
3. 計画への参加:
 難民自身が難民医療・保健・救援計画に積極的に参加すべきこと。
4. 相互協力の推進:
 難民救援のための国連、政府機関及び非政府機関 (NGOs) のスタッフやボランティア間の人的・組織的に緊密な相互協力を目指し再組織化を推進すること。
5. 専門家の役割:
 医療・保健専門家の難民救援活動における役割の重要性を再認識し、派遣諸団体の都合よりも難民の医療と健康を優先する立場から難民受け入れ当事国の方針と方策を尊重しつつ建設的提言、実践、引き継ぎ等を行うこと。
6. 受療の不公正の是非:
 難民受け入れ国との医療・保健政策の調整を行うこと。
7. 難民のための教育と研修:
 難民の医療及び保健という専門分野における人材の養成と教育の重要性及び緊急性に基づき国際的に人的資源を蓄積するとともに、難民の中からも相応しい人材を求めるなどの措置を講ずること。
 特に女性スタッフの養成に力を尽くすこと。


 ともかく、医療と保健に関わる難民救援活動の現場では数多くの複雑な問題が日常的に山積している。前述の「難民医療国際シンポジウム」でのグループ討議のセッションに私もパネラーの一人として招かれたが、熱気のこもった会場で出席者により次から次へと表明される意見や提案に耳を傾け討議に参加しながら、これらの問題の拡がりの多様さと根の深さをつくづくと感ぜざるを得なかった。
 上記の第一項に指摘した難民の生活にとっての最優先事項である水の確保の問題一つを取り上げてみても、問題は簡単ではない。難民キャンプ地域内で井戸を掘りあてたが、かつてその地域に居住していた地元民や地方当局の指示により使用禁止となり、従来通り UNHCR の給水車による限定サービスを受けざるを得なかったり、近隣での水の販売に依存し続ける例もあった。また、極度の水不足は勿論のこと、河川の水を瓶などの容器に長期間汲み置きしておくことなどによる汚水化も健康上の大きな問題となっている。
 その他、組織や人の問題も大きい。国際難民救援組織の政治的・経済的・人的な力関係、派遣国、受入国及び地元の医療機関のそれぞれの都合や思惑による自己主張などの問題は日常的に起こってくる。
 更に、救援活動スタッフの個人的な参加の事情や動機及び帰国後の状況への不安、並らびにチーム内での相互のコミュニケーション不足による不信感の増大や対立などに関連する、きれいごとでは済まされない問題が限りなく立ち現れるが、それらの解決の糸口すら見つからないままに業務は着実に遂行されていかなくてはならないことすらある。勿論、難民とのコミュニケーションのあり方は恒常的に問題となっているし、スタッフや難民の精神衛生上のケアも大きな課題の一つである。
 想像を超えるほどの困難の中で、出来る限りの人的・経済的資源を注ぎ込み、限りなく時間とエネルギーを費やしてまでも、何故に難民救援医療活動なのか。最後にこの点に触れておきたい。

おわりに - 人権運動としての難民医療活動

 私は、難民の「人としての尊厳と人権」を護るバイオエシックスの視座から難民の健康と医療に関わる問題にアプローチすべきであるとの立場により論述を進めてきた。
 難民に対しての同情や憐れみの心からの問題への取組は、援助や奉仕を提供する側の自己満足に終わらせてしまいがちである。「可哀想に」という同情の心が善意の動機によることには意味があるにしても、それだけでは難民の「いのち」と「生存権」を護り育てるための困難な継続的努力の形成にマイナスとならざるを得ない。
 単なる同情は差別の構造を助長しがちだからである。だからこそ、「外国人のくせに日本に来て住み込み、恩恵を被りそれを享受している者は文句を言わずに黙っているが良い。さもなければ自分の国に帰れ」といった排外的表現に見られるような鎖国メンタリティがまだまだ一部の日本人の間に消えないで残り続けることになる。
 今、わが国は地球コミュニティの一員として外国の存在と支えなくしては生存不可能である。難民を含む外国人の滞日と居住は日本の社会を豊かにし、その仕事も日本経済の活性化を支え、その人達の消費と租税負担は国を潤す。上記の発言は根本的に誤っている。むしろ、恩恵を受けているのは私たち日本人なのである。
 本稿の初めに指摘したように、現在の地球共同体の中でわが国は、経済的に恵まれた先進諸国の一つとしての地位を占めている。確かに、国際的にも国連などへの財政上の貢献は無視できない。にもかかわらず、国際政治の場や国際機関などにおけるわが国の発言力は極めて弱いものである。つまり、人権擁護の立場から国際的なイニシアティブを取ろうにも、世界の諸国からの強い支持が得られないのである。その理由の一つは、例えば、今まで述べてきたような難民の問題、人権擁護の問題、外国人労働者や民族差別の問題への国の内外での真摯な取組に遅れや欠如があったからであろう 11)
 日本の国際的貢献を充実させる一つの方法は、日本国内の閉鎖的状況を完全に打破して、少なくとも国連で採択された国際的基準に沿って、人権を擁護し、難民や移民を積極的に受け入れ、日本国内に居住する全ての人々のための医療と社会保障を一層充実させることである。
 かくして、人権を侵害されてきた難民及び外国人の医療と健康の問題は、まさに、日本の内にある私たち自身の人権、医療、健康をめぐっての制度、法、意識の改革の問題と重なり合うことが明らかとなってくる 12)
 私が構想し展開してきたバイオエシックスの視座からすれば、難民のための医療、健康、生存の保障は、私たち自身の人間としての尊厳と人権を護り育てるための運動の展開なのである。今も増え続けつつある難民が存在する限り、いかなる困難があっても更に力を注いで日本の私たちが地球共同体の一員として長期のスケールで取り組んでいかねばならない最優先課題が、「人権運動」の展開であるべき「難民救援活動」なのである。
 そして、言うまでもなく、難民が生まれることのないような世界を作り出すために、日本の私たちも世界の諸国民と共に、地球化時代のただ中でバイオエシックスの視座から、平和と公正に基づいたより良き地球共同体の形成に邁進する使命と責任を全力をあげて担うべきなのである。


 [註] 

1) U.S. Committee for Refugees, World Refugee Survey, Washington D.C., 1991, p. 36.
2) 改正された「出入国管理及び難民認定法」は1982年1月1日から施行された。
3) Federation for American Immigration Reform, World Refugee Report, Washington D.C., 1991, pp. 26-29.
4) U.S. Committee for Refugee, op. cit., p. 35.
5) World Council of Churches, Refugee Service of the Commission on the Inter-Church Aid, Refugee and World Service, Refugees Special Issue, 1990, Geneva, pp. 5-16.
6) United Nations, Human Rights - A Compilation of International Instruments, New York, 1988, pp. 294-299.
7) Ibid., pp. 311-314.
8) International Symposium on Health Care for Displaced Persons and Refugees, sponsored by Georgetown University, UNHCR, WHO, LRCRCS (the league of Red Cross and Red Crescent Societies), etc., December 4-7, 1988. Washington D.C. なお、Refugees Policy Group (Washington D.C.) は Health - Ensuring the Health of Refugees : Taking Broader Vision という本シンポジウム関連文書を刊行している。
9) 沢田昭夫, 門脇厚司編, 日本人の国際化, 日本経済新聞社, 1990, pp. 350-351.
10) 栃木インターナショナルライフライン (代表・国井修), Medical Check Sheet in 11 Languages (外国人医療11ヶ国語対訳表), とちぎ YMCA 内 TILL 事務局, 1991年。
11) World Council of Churches, Japanese Appeal on Foreigners, Refugees, Migration Today, No. 42, Geneva, 1990, p. 15.
12) 木村利人, いのちを考える -バイオエシックスのすすめ-, 日本評論社, 1987, pp. 10-12, 178-188, 及び Kimura, Rihito. Bioethics as a Prescription for Civic Action - A Japanese Interpretation, Journal of Medicine and Philosophy, Vol. 12, Boston, 1987, pp. 63-73.
 謝辞: 

The Address of Gratitude

please send your E-mail to rihito@human.waseda.ac.jp

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