序章:本研究について |
0-1. 本研究を行うにあたって |
上述した (1) と (3) が、それぞれミクロとマクロのレベルのケアの場面と考えれば、(2) は(1) と (3) における各場面の間に介在して、ケアの理念を現象化するメゾのレベルの場面であるといえるだろう。
本研究においては、まず、このメゾのケア・レベルにおける (2) のダイナミズムにバイオエシックスの原理が適用されることで、ミクロのケア・レベルの (1) で見出された自己決定が、マクロのレベルの (3) で高齢者ケアの普遍的な理念として確立する過程を提起してみたいと思う。その上で、その「自己決定」の普遍的理念が、再び (1) のケア場面に、当事者の生活の質の改善に則したケア・コンセプトとして帰する過程を考察してみたい。
つまり、臨床の場面に見出された当事者個々人の「自己決定」が、政策決定過程を通して普遍的理念として確立し、再び当事者たちの恩恵として公正に帰するプロセスを考察することが本研究の「ケア」へのアプローチである。従って、本研究では、あくまでも当事者の「自己決定」のコンセプトを中心に、(1) から (3) の各レベルの諸相に影響を及ぼす (2) の制度/政策の場面における「ケア」に主眼を置いて、バイオエシックスの諸原理からのアプローチによる考察を進める。
0-2. 本研究の概要 |
第2章では、前章で述べたバイオエシックスの諸原理の捉え方に基づいて、これまで高齢者ケアに関する諸政策が決定される上で問題となってきた社会保障制度の変遷とそれに伴う政策決定過程の経緯について考察を進める。ここでは、特に平成10年11月に総理府社会保障制度審議会事務局が公開した報告「老人保健・医療・福祉のあゆみ」をもとに、適宜、現状の諸問題に照らしながら考察を進めるものである。
特に、近年の社会保障制度の策定の経緯から、(1) 高齢者福祉をめぐる諸問題と、(2) 老人保健制度をめぐる諸問題について、適宜、関連諸制度の概要を参照しながら考察を進める。
まず、(1) では、老人福祉法をめぐる「施設福祉対策」と「在宅福祉対策」の概要を述べた上で、施設福祉対策の制度上の課題として、施設管理者側と当事者側との間のインフォームド・コンセントの重要性や入所判定委員会の在り方、さらに、措置費の受給者負担の問題について取り上げる。その上で、「ケアの質」を維持させる仁恵的支援と、そのために費やされる費用の配分的正義をめぐる、倫理的・道徳的葛藤をバイオエシックスの観点から考察する。ここでは、特に、「施設福祉対策」をめぐる諸問題に主眼を置くことで、在宅福祉中心の複合型の福祉供給サービス体制への政策決定上の方向性を推論する。この推論から「在宅福祉対策」との制度横断的な統合化が必要不可欠であろうことを指摘し、「老人保健法」制定までの政策決定の経緯について考える。
以上の政策決定の経緯をめぐる考察を受けた形で、(2) では、老人保健法制定から新ゴールドプラン策定までの経緯をめぐる諸問題について考える。ここでは、特に、医療と福祉、あるいは施設と在宅の中間的存在であるべき「老人保健施設」の意義について捉え直した上で、その背景にある国庫の配分的正義と、サービス利用者の自己決定化されたニーズを保障上でのケア供給者側と受給者側のbeneficenceとしての支援をめぐる葛藤の問題を考える。
さらに、この考察から、国庫の財源の配分的正義を満たす施策のみならず、高齢者個人の自律の程度に則した、最大限の「仁恵的支援」としての保障体系 - 例えば、社会的入院を縮小するための在宅サービスの地域への浸透や拡充等を考慮した施策の必要性について考える。
さらに本章では、ゴールドプラン (高齢者保健福祉推進10カ年戦略) から、現行の新ゴールドプランの策定までの政策決定過程をめぐる諸問題について、バイオエシックスの観点から考察を進める。なお、ここでは、各市町村・都道府県の「老人保健福祉計画」策定の契機となった「社会福祉関連八法の改正」について触れた上で、各市町村の責任と監督において自らの「官」的サービス供給の体系に、非専門職やボランティアをも含めた「民」の活力を一層取り入れる施策の必要性を考慮した上で、「官」と「民」による、それぞれのサービスの適切な統合による「公」的サービス体系の在り方を考える。
なお、「在宅介護支援センター」及び「老人訪問看護・指導」の制度上の拡充をめぐる「地域の自治体間の格差」の問題点についても取り上げ、1995年に日本弁護士連合会が、全国の自治体に行った福祉サービスの現状と「老人保健福祉計画」に関するアンケート調査の回答結果を例証しながら考察を試みる。
本章の最後では、「21世紀福祉ビジョン - 少子・高齢社会に向けて」において掲げられた政策目標を概観し、これまで述べてきた、近年の高齢者ケアに関する政策決定過程をめぐる諸問題についての総括をバイオエシックスの観点から行う。
また、第3章においては、介護保険の制度化に至るまでの、最近の社会保障制度審議会報告書と、それに続く「高齢者自立支援システム研究会報告書」、さらに「老人保健福祉審議会」における介護保険に関する議論の展開を主に取り上げ、介護の保険方式をめぐる政策決定過程を概観する。ここから見出された「社会保険方式の利点」及び「ケアマネジメント導入の必要性」の主張に対して、第4章では、介護保険制度における費用の問題と、「介護の社会化」が志向される上でのケアマネジメントの問題について考察を試みる。この際、第1章で述べたバイオエシックス諸原理の捉え方をもとにアプローチすることで、介護の社会化をめぐるバイオエシックス公共政策の在り方を考える。
さらに、終章では、第2章から第4章にかけて行った、これまでの高齢者ケアに関する政策決定過程についての概観及び考察をもとに、「地域の自己決定」の捉え方について論じる。ここでは特に、1995 (平成7) 年7月3日に発足した総理府の地方分権推進委員会の動向を取り上げ、国、地域、ケア・サービス当事者個人の政策決定過程における意思決定上の責任の問題について考え、地域の高齢者個々人の自己決定を活かし得る制度の在り方を考察する。この考察から、ケア・サービスの「機能の分担」と「責任の分担」は同一の次元で考えるべきではないことが示唆された。
特に、ケア・サービスの責任の所在についても、国や各地域公共団体等の「官」的な意思決定の主体が負う義務があり、意思決定の総体としての「公」的責任を国が負うことの必要性について論じた上で、地域の自律性に基づく「自己決定」に寄与し得る「公」的支援の在り方を考察する。
さらに、上述した考察を踏まえ、国の責任のもと、具体的な高齢者福祉サービスの供給に関する決定を各区市町村が行うことで、地域の高齢者個々人の自己決定を仁恵的支援に反映させるための提言と展望を行い、その倫理的・道徳的妥当性についての検討を加えたい。
本章の注釈 (1〜7) |